その他:咳や呼吸をシミュレーションで再現する

解析の詳細

    人間が咳や呼吸をする際の流れはどうなっているのでしょう? ここでは最新の知見に基づき、移流拡 散を伴う熱と濃度のシミュレーションを試みました。 本シミュレーションで留意しているのは次の点です。

    <気道から口蓋にかけてのエルボー形状を再現する。>
    あちこちのサイトで掲載されている咳や呼吸の CFD シミュレーションは、口を吹出し口として風速条件を設定しているものばかりです。 しかし、それでは口から出た気流の挙動は、実際とは大きく異なります。 人体では肺から気流が噴出し気道と口蓋を経てから外へ噴出するからです。 気道と口蓋で形成するエルボー形状のため、気流は複雑な流れを形成してから外部へ吹き出します。 単にノズル様の吹出し口から出た単純な噴流とは、自ずから風速分布や温度・濃度分布は違ってきます。 本シミュレーションではそれを再現しています。

    <体温で人体周りに発生している上昇気流を再現する。>
    人体の周りには体温により数 10cm/sec の上昇流(プリューム熱対流)が形成されています。 この熱対流によって、人は周辺の汚染された空気を吸う事から守られています。 人は、自分の身体に沿って上昇してきた、下方の比較的清浄な空気を吸っているのです。
    但し、この上昇流を崩すような気流や、咳などの激しい呼気に出会った場合にはこの防御は効果が薄くなります。 本解析では、咳や呼吸などで、どの程度そのような現象が起こるのか検証してみました。

    <既存の文献から最も確からしい風速条件・熱条件を設定する。>
    咳や呼吸のシーケンスを再現するのは簡単ではありません。 咳も呼吸も定常流れではなく時間とともに刻々変化する非定常流れだからです。 咳を例にとれば、初速はおよそ 22m/sec。 これが 0,18 秒間続いて、その後は流速がゼロになります。 呼気の温度や濃度も、非定常で移流拡散する様子を捉える必要があります。 ここでは LES を使っています。

    <人体周りの熱対流>
    一人の大人は約 50kcal/時の熱量(顕熱)を発生していて、その熱によって人体周りには上昇流が常に起きています。 その風速は約 0.3m/sec で、顔の周りに気流のバリヤーを築いていると言えます。



    <咳のシミュレーション - エルボー有り、マスク無し>
    咳の初速は約 22m/sec と言われます。 このくらいの速度があれば人体周りも上昇流を軽々と突き破り、呼気はかなり遠くにまで飛びます。 下の図に見るように、人体の前方1m程度と言ったところです。



    <咳のシミュレーション - エルボー無し、マスク無し >
    気道と口蓋で形成するエルボー形状を再現せず、単に口元に風速境界条件を与えると、エルボーを通過する事による複雑な気流も制限できず、咳は単純な噴流になります。 しかしこれでは呼気が遠くまで飛び過ぎて実態と合いません。 エルボーを考慮した先の結果と比べてみて下さい。



    <咳のシミュレーション - マスク装着>
    マスクがあると咳は前に飛ばず、マスクの隙間から上方と側方に抜けます。 顔の鼻から額の辺りと頬から顎にかけては咳の飛沫が付着しやすい事になります。 この辺りを触ったら必ず手洗いしましょう。


    <呼吸のシミュレーション - マスク無し>
    普通の呼吸は 1 分間に 15 回程度です。 この間に呼気と給気が起こりそれぞれ 2 秒くらいずつです。 呼気の初速は発話中で約 2.2m/sec で、人体周りの上昇流に干渉されるオーダーです。 そのためこの場合は呼気はほとんど遠くに飛ばず、せいぜい人体の前方 50~60cm の範囲に留まります(下図参照)。 先日国⽴感染症研究所が発表した「濃厚接触」の新しい定義のうち、” 患者との距離:「⼿で触れることのできる距離(⽬安1メートル)」”に合致します。



    いろいろな咳と呼吸の形態に合わせて、人がどのような換気環境に居るのかも再現する必要があります。 今回は換気なしの条件での解析ですが、典型的な換気システムとの組み合わせでのシミュレーションも、順次お目に掛ける予定です。 気流の実態を知って頂いて、それが新型コロナ感染防止に少しでも繋がればと願っています。


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