私は千葉工業大学教授をこの3月で退官しました。東大生研(大学院)時代の6年間、大成建設時代の33年間、千葉工業大学時代の3年間、振り返れば計42年間主に環境解析業務に関わってきたことになります。東大生研時代は風環境評価や風洞実験、CFDとの出会いと基礎理論の勉強、大成建設時代はCFDの実用化と数多くの実施適用、Rapid Proto TypeやVRシステム構築、CASBEE(ヒートアイランド)等、千葉工大時代は教育的観点からのCFD利用、建築設計との関係構築等幅広く環境解析に関わって来ました。
このコラム(「環境解析の光と影」)ではこれらの中から毎月テーマを一つ選んで話題提供して行きたいと思います。(本コラムでは環境解析をCFD解析に限らず「広義」に捉えたいと思います。)内容がやや回顧録的になることと上記各組織との守秘義務に抵触しない範囲での話題提供になると思いますが、ご理解いただきたいと思います。
第一回の今回は東大生研時代について述べたいと思います。
私が修士1年の時 指導教官である村上周三教授から「高層建物周辺風環境委員会(当時の日本住宅公団が国土開発センターに委託 1977年9月~1979年8月)」の実測モニター部会(委員長:村上先生)への参画を指示されました、同部会では風観測チーム、風環境調査チームがあり、大学や大手ゼネコンから風のプロ担当者が数多く参加されていました。
この風調査は,東京都中央区月島1丁目に建つ高層集合住宅(地上 14F)周辺の商店街において行なわれたものです。この地区では,同集合住宅建設後,周辺地区において風害の事例が数多く報告されていました.そこで周辺17戸の住民の方に風環境のアンケートを依頼すると同時に周辺に4つの超音波風向風速計を設置して2年間風向・風速を連続記録しました。両者の対応を分析することにより新たな環境評価尺度を構築しようとしたものです。このアンケートはモニター(近隣住民)に日常の生活において各自が体験した風による障害や風環境に対する印象の記録を毎日していただくというものでした。毎月1回実測メンバーや当時の卒論生と一緒に日誌を回収に行き、その後データ整理や分析を繰り返し行いました。
そのころA.G.Davenport 教授(当時カナダ:ウェストオンタリオ大学)らの論文に代表される確率・統計的手法に基づく強風の発生頻度を考慮した評価尺度がいくつか提案され始めていました。風環境の評価を風速値だけでなく、風速とその「出現頻度」で捉えるという考え方は当時の私にとって大変新鮮なものでした。我々はDavenport流の確率・統計的理論は取り入れつつも、評価の基準を主体となる人間の「心理的評価」を重視する立場をとり,風環境の評価尺度を設定することにしました。またその心理と風速&頻度の対応もわかりやすさを最優先させ1日1つの風速(日最大瞬間風速)で代表させることにしました。
風環境に対する調査の内容は日誌形式で以下に示すように1日の風の印象(「心理的評価」)を尋ねたものでモニターが回答しやすいよう極めて平易な5段階のものとしました。
(1)無風状態に近く、もう少し風が吹けばよいと思った。
(2)風を特に意識しなかった。また風の吹き方が適度であった。
(3)不快とは感じなかったが、風はやや強いと感じた。
(4)風のため危険を感じるほどではなかったが、強い風を感じた。
(5)風のため危険を感じた。
上記の各評価の申告とその申告がなされた日の日最大瞬間風速(日最大平均風速)との対応を調べ、「苦労に苦労を重ねながら?」確率・統計的に整理して作成したものが「村上らの風環境評価尺度」です。この「ら」には私と当時竹中工務店の岩佐さん(故人)の2人が主に該当します。尚、この風環境調査に基づく評価尺度の設定と適用プロセスは私の博士論文の骨格部分となっています。
この尺度は,上述のように豊富なアンケート調査や観測の結果に基づいて設定されたもので
ありかつ内容が簡明であるため,一般居住者にとってもなじみやすいものとなりました。
そのためか、この尺度が提案されてから 40 年以上経過しますが今なお我が国の風環境を代
表する評価尺度として利用されています。このことには私自身も正直驚いています。
次回はこの尺度の具体的内容についてもう少し詳しくお話ししようと思います。