建築環境解析において可視化は必須です。筆者はその可視化の関連技術の一つであるVRについて長年にわたり検討してきました。前回のコラムではT建設時代の大型VRシステム構築の背景と大型スクリーン利用のメリット、デメリットについてお話しました。繰り返しになりますが、大型スクリーン利用のメリットはスクリーン内にすべての映像が実寸大で入るためリアル感に優れたVR体感ができることです。そして関係者が一堂に会して映像を共有することで早期に合意形成を行うことが出来ます。これは特に顧客を対象としたデモンストレーション手法として大きな効果がありました。一方、デメリットは一連の準備が大がかりで手軽さに欠け、予算や体制等の「後方支援」がないとなかなか稼働させにくいとうことでした。
ビッグプロジェクトであった新国立競技場は大型VR装置利用の良いチャンスでしたが設計が常に変更されたりBIMデータが大きすぎたりで、大型VRシステムの利用は部分的なものにとどまりました。
これら一連の経験と反省からVR利用には様々なステージがあり、そのステージに応じた装置を使い分けることが必要と再認識しました。例えば(大型スクリーンほどではないにしても)それなりに没入感が得られる箱型ディスプレイ、インタラクティブ性が強化されたへッドマウントディスプレイ(HMD)、場所を選ばずに利用できる簡易モバイル端末などの利用です。VRの目的も「BIMと各種建築環境シミュレーション結果をVRシステムで一元化し、任意の場所、様々な端末でVR体感する」と、やや軌道修正しました。これを推進するためのポイントは2つありました。
一つ目は目的の前半部分「BIMと各種建築環境シミュレーション結果のVRシステムでの一元化」です。一般に環境シミュレーションでは個別のシミュレーション要素(風・熱・光・音等)ごとに専用のデータ構造、解析ソフト、可視化ソフト(または汎用可視化ソフト)が用いられます。これらが従来通りバラバラに出力されると、建築の環境総合評価をスマートに行う立場からすると大きな足かせとなります。これをクリアーするため本システムでは熱・音・光等すべての環境シミュレーションは「同一のBIMデータが出発点」となるようにしました。このことで全てのシミュレーション結果がVRシステム上ではBIMデータと不整合なく重ね合わせが出来、要素間の相互影響やトレードオフの状態などを総合的に考察することができるようになりました。
二つ目は目的の後半部分「任意の場所、様々な端末でのVR体感」です。これは大型VRシステムのみで対応しようとした反省からくるもので、VR利用を拡大させるためには必須事項でした。そのためにIT大手のI社と共同で「環境解析・評価用のモバイル仮想化技術」を構築しました。モバイル仮想化技術とは簡単に言うと、すべての処理をクラウド上のサーバー側に集中させ処理後,操作を行うための画面情報を高速ネットワークで利用者端末に転送する方式です。これにより端末の性能に依存せず客先などでタブレットなどのモパイル端末を用いて簡単に設計情報や解析結果を参照・操作することが可能となります。また端末には参照操作のための専用ソフトが不要でかつ高度なセキュリティも確保することができます。
本システム構築により元データの容量や端末の描画性能によらず画面上で建築空間を自由に移動しさまざまな視点で風・熱・光・音など好きな要素を任意に選択して融合表示するということができるようになりました。
このことによりT 建設のVRシステムは戦艦型(大型VR利用)と航空部隊型(モバイル利用)の2本立てとなり、非常に強力なものとなりました。
今後建築の世界では大容量のBIMデータや各種シミュレーションの増加、可視化ニーズの増加が予想されます。そのため、フトコロの深い(?)VRシステムを情報一元化のプラットフォームにすることは大変有効です。
本コラムで述べた技術はもはや一般化しつつあるため、内容の一部は建築環境教科書(彰国社)「総論6章 建築環境のシミュレーション(筆者の執筆)」でも若干触れています。
VRについては研究・設計以外に工事面でも利用の場面が出てきています。さらにVRはAR,MR,XR化などどんどん広がり見せています。これらについてはまた機会があれば触れてみたいと思います。
いづれにしても今後の本分野の展開に目が離せないようです。