第4回 PMVと温熱快適性評価システム 「サーモキャンバス」

 前回は屋外の「適風環境」について述べました。これは主に屋外における年間の風環境を(気温を考慮しながら)評価するものでした。人間の温熱感を直接評価するものとしては昔から有効温度、作用温度、不快指数等多くの指標があります。近年実務でよく用いられるのはやはりPMV,SET*,WGBT等のようです。筆者が大成建設に入社して実務の仕事に関わり始めると当然、設備設計との関係が深くなってきました。設備設計においては、メイン市場の一つであるオフィスの温熱環境評価が重要技術と位置づけられ、気流解析、温度解析とそれに続くPMVに代表される快適性評価解析のニーズが高まってきました。そこで技術研究所と設備設計が共同で研究起案し豊富な?開発予算を確保し、開発したのが「サーモキャンバス(thermo canvas)」と名付けられた温熱環境評価システムです。CFD解析とそれに続く可視化の効果を意識してこのネーミングを採用したところCFD解析の社内認知度が抜群に上がりこのシステムは社内で幅広く活用されました。ネーミングの重要性を実感した例でもありました。屋内や屋外の空間内において気流・放射・温度解析に引き続いてPMVやSET*を算出するこのシステムはその後いくつか開発した類似・発展バージョンの原型となっています。

 PMVはご存知の通りデンマーク工科大学のFanger教授によるものです。古い話になりますが、1988年夏スウェーデンで国際会議があり、筆者も参加しました。会議期間中のある日の朝早く起きて、ほとんど人がいないポスターセッション会場のポスターをブラブラ歩きながら見ていると、近くで同じくポスターを見ながら歩く紳士がいました。良くみるとFanger教授でした。驚いてご挨拶して、記念に写真を撮ったものが本コラム内の写真です。これは私のお宝写真の一つとなっています。その数日後Fanger教授の研究室にお邪魔し、色々研究内容の説明を受けました。

 本来PMVは部屋の温熱環境を1室1数値として評価するため開発されたものですが、Fanger 教授提案の快適性方程式を解くこと自体は容易で、かつCFDと連動させることで、今日ではPMVの空間分布を表現することが温熱環境解析における通例となっています。又、本来PMVは1m/s以上の風速場や発汗を伴う暑熱環境では使用できない等いくつかの適用制限があります。これらの制限をこえた条件下でのPMV結果表示を見受けることもたびたびありますがこれらはご愛敬の範囲かも知れません。

 近年オフィスには快適性だけではなく、知的生産性や健康性も考慮したスマートオフィス、スマートウェルネスオフィスが注目を集めています。これらのオフィスにはPMVのような定常的な快適性評価だけではなく、1日サイクル等の更にダイナミックな非定常的な環境変化も視野に入れた多様な空間性能が要求されています。PMVが一つのコアになるとしても、これらのニーズに応えられるような新たな設計コンセプトや対応技術が期待されています。

 ところで筆者が大学院を終了して大成建設技術研究所(当時)に入社した直接の経緯は新設された風洞を用いて風に関する様々な研究を担当するためでした。入社後予定通り風洞実験に取り組み始めた頃、急遽クリーンルームの研究開発が活発になり、風洞実験と平行してクリーンルームの研究開発に取り組むことになりました。クリーンルーム実験棟の建設にあわせ、クリーンルーム用CFDの開発に着手しました。クリーンルームの解析は社内の設計や営業に大きなインパクトを与えたようで、解析依頼が殺到しました。その後解析の依頼対象が拡大し上記の一般オフィス等へと展開していきました。

 この頃CFDを本格的に始めたいと恩師のM教授にご挨拶に行ったとき、言われたことは「必ずSE(解析補助員)を確保しておきなさい」と言うものでした。ご承知の通り当時のCFDはメッシュも手ギリ、境界条件も手書きのメッシュ図を確認しながら決定するという、今では考えられないような非効率的なものでした。ここで、例えばメッシュ切り等でエネルギーを使い果たし、解析の大局感を損なうことを注意されたもので、今振り返れば大変ありがたいご教示でした。その後もこの大局感は大切にしています。この頃、R社のスーパーコンピュータ時間貸しの話があり、R社と契約し、実質的に筆者のCFD業務が本格的スタートしました。このあたりの経緯はまた、次稿以降で述べたいと思います。