第5回 RCSと可視化技術

 本稿では筆者がCFDを本格的に開始した頃のトピックスについていくつかお話したいと思います。やや回顧録的になりますがご容赦ください。

 前回お話ししたR社のRCS(リモートコンピューティングサービス)は入社早々とも思える若いR社の営業マンの飛び込み営業から始まりました。スーパーコンピュータ(以下スパコン)は当時日本に数台しかないVP400でした。計算のピーク性能は1142MFlopsでした。ちなみに現在世界最高速といわれている富岳は2.7 Tflops。単純計算で約2300倍です。当時CRAYを始めとしてスパコンが世の中の注目を集め始めていました。営業マンの話を聞いているうちスパコンを用いた高速解析は今後の時流と感じ、社内調整後同社とRCS契約を結びました。このスパコン利用経験が数年後当時最上位機種VP2600 の自社導入に結び付きました。

 前回のコラムでもお話した恩師のM先生のCFD解析には必ずSEをつけなさいというご指示に従いR社にはスパコンの使用だけでなくSE業務も含めたCFDに関する総合的コンサル業務を依頼することにしました。当時R社に入社されたS氏を中心としたコンサルメンバーから様々な技術や情報の提供を受けました。具体的には依頼業務内容は当初想定していた解析のメッシュ切りレベルを大きく超え解析自体の依頼や新解析システムの構築、ロスアラモス系のCFDプログラムやFAVOR法という移動境界に適した解法、さらにはRapidPrototypeに関する情報提供等へと幅広く展開していきました。Rapidprototype は単純直訳では高速試作制作となりますが、民間の実務的研究と大学の基礎研究は何が違うかを常に考えていた筆者にとっては大変興味深いキーワードでした。

 建築やそれを取り巻く状況はすべて個別であるため、建設業の実務では環境解析もその物件特有の特殊解を求めることになります。それに対し基礎研究では基本的に一般解を求めることに主眼を置くため個別解はケーススタディ結果と位置づけられます。CFDにおいてもRapidprotype 的視点が民間業務では重要と再認識し、以降の研究開発を進めました。

 このRapidPrototype についてはまた別途稿を改めてお話したいと思います。

 話を戻しますが、R社のRCSサービスを受ける際、特に検討したのが解析システムの中核となるワークステーション(以後WS)の選定でした。解析処理の流れにおいて、スパコンを大ナタとすると、その後を処理する便利な包丁がWSと言えます。当時アポロ、HP、SUN 等から機種が多数販売されており選定に迷いましたが、結局上記のS氏からの推薦を受けIRIS(70GTシリコン社)を導入しました。結果的にこれが大当たりで可視化関連技術が大きく進展しました。

 まず、優れたグラフィックエンジンをもつIRISの特性を活かし切った可視化プログラムの開発ですが、当時横浜で可視化&立体視専門で会社を創設していたS社に依頼しました。S社でも全く同一機(IRIS70GT)を使用していたことも幸いし順調に開発が進みました。

 その後、この可視化プログラムをベースにして新たに以下の2つの技術開発に着手しました。この2つの技術は結果的に数年後明暗を分けることになります。

   一つは解析のリアルタイム可視化システムです。スパコンやWSでCFD解析している間、解析者には解析進展状況は(モニター画面からは)大まかな数値情報しか得られません。解析途中結果はどうなっているのだろう?解析中の結果の可視化ができないものか?と考え解析中リアルタイムでポストプロセッサーが稼働する「リアルタイム可視化システム」を開発しました。解析と共にWS上で可視化が進むため開発初期は大変便利なものと思えました。しかし計算中の解析異常の早期発見には有意義でしたが、順調に解析が進み最終結果のみが必要な場合には必要性が低下し、起動の初期セットの手間が相対的に大きく感じ始めたこともあり徐々に本システムは使用しなくなりました。

   もうひとつは気流の立体視システムです。気流は3次元非定常現象のためCFD解析の結果も建築空間では理解しにくいことが度々あります。そこで当初興味本位でS社の気流立体視システムを導入しました。これが数年後VR(バーチャルリアリティ)技術へと展開していきます。このVR技術については次回コラムでお話したいと思います。

   同じ可視化技術の展開において前者のリアルタイム可視化システムは徐々に使用しなくなったのに対し、後者のVR技術はその後広く展開しています。この差はどこからは来るものでしょうか?

   一般に技術や商品は形を変えながら生き残るものがある一方、淘汰、消滅していくものも数多くあります。なぜ技術は淘汰や変遷を繰り返すのでしょうか?またその基本要因は何なのでしょうか?これらの大テーマに対し包括的に答えきる能力は当然筆者にはありませんが、上記RCSや可視化技術を含め筆者が関与した個別の技術・状況については今後このコラム(建築環境解析の光と影)を通して意見を適宜述べて行きたいと思っています。