水が相変化して氷になると体積が増加します。体積の増加に伴い密度が小さくなり、水中の氷は重力が働く場では浮力を受けて水に浮きます。人は誰でも小さいころから、コップの冷水に氷を入れると氷が浮くことを体験しています。氷が水に浮くことは当たり前です。でも「へそ曲がり」は、どんな状況でも、氷は水に浮くのかしらと考えるかもしれません。小さな子供に、「どんな時でも氷は水に浮くのかしら」と聞かれたら、皆さんはどう答えますか。筆者も、いつも「常識を疑え」と唱えられていることから、この常識を疑ってみるのも良いことだと思っています。果たして、氷が水に沈むことがあるのでしょうか。
小学生の知識ではないかもしれませんが、物体は流体中などで強い圧縮圧力を受けると体積が減少します。力には方向がありますから、圧縮を考える際は力の方向を考える必要性があります。多分これは高校生の物理の知識です。ただ、液体中では「パスカルの原理」が働いており、流体が封入されている容器の中で一方向に加えられた力はあらゆる方向に働きます。「パスカルの原理」は多分小学生上級もしくは中学生の知識でしょうか。流体中で圧縮力が働けば、流体中の物体はあらゆる方向から圧縮圧力を受けます。圧縮圧力の詳しい知識は、理系の大学にならないと学ばないかもしれません。圧縮圧力を考える際は、作用反作用の原理に従って、圧縮力を受ける物体は逆に流体に対しては膨張圧力を作用します。経験的にこの膨張圧力は体積の減少率に比例し、比例定数は体積弾性率と称されます。氷を水中に沈めれば、水中の圧力に応じて、氷も体積を減少させ、密度が増すはずです。ただし、水も同様に圧力に応じて収縮し、密度が増すことはもちろんでしょう。
日本列島の近海には多くの海溝があります。場所によっては1万mもあると言います。海溝の海底付近の水圧は、地表面に比べ、当然けた違いに高く、大気圧の100kPaの1000倍、0.1GPa位はあると思われます。そんな場所で、氷の密度や水の密度はいかほどになっているか、興味がわきませんか。筆者は、水や氷の物性に詳しいわけではないので、こうした場合はWebに尋ねることにしています。今、はやりのAI、ChatGPTに聞いても良いかもしれません。水の体積弾性率をWebなどで調べてみると、およそ2.2GPa、2.2×109Pa程度で、金属材料など体積弾性率10×1010Pa程度に比べて小さい値となっています。ちなみに鉄が、160GPa、チタンが110GPaだそうです。水は金属などに比べると、圧縮されて体積が小さくなる割合、密度が増加する割合が大きいようです。ただ、この値は大気圧下の値で、高圧下0.1GPaでの値ではなさそうです。氷の体積弾性率がどの程度か、興味があるところです。やはりWebで検索してみると8から10GPa、すなわち10×109GPa程度とあるのを見つけました。0.1GPa程度の圧縮圧力が働く、海溝の海底付近では、水は5%ぐらい収縮し、氷は1%程度収縮するようです。氷の体積弾性率が水より小さければ、高圧下では氷の収縮が大きく、密度の上昇も大きく、水の密度より大きくなって、水に沈むこともあり得ると思いましたが・・・。残念ながら常圧での体積弾性率を見る限り、そうしたことはありそうにありません。深海においても氷は水に浮くという常識の「勝ち」ということになります。
海の水は塩分を溶解している塩水(塩分濃度3.5%程度)です。塩水は英語では一般にSaltwater(ソルトウォータ)ですが、更に濃度の濃い塩水はbrine(ブライン)と言います。イスラエルにある有名な塩湖、死海は、塩分濃度が極めて高いブラインで、氷どころか人が寝そべっても浮きます。ブラインの上で寝そべって読書もできます。筆者も学会に参加するため海外に旅行した折、イスラエルではありませんが死海を真似た塩田の観光地で、ブラインの高い浮力を味わったことがあります。ブラインの上で横になっても沈む気配もなく、全く不安を感じません。ただこのブラインが目に入ってしまい、死ぬほどの痛みで往生した苦い記憶があります。塩水と生体の浸透圧差は桁違いです。学会を抜け出して観光に行った罰だったようです。皆さんもブラインの高い浮力を経験されようと思われた時は、目を保護することをお忘れなく。
氷の体積弾性率に思いをはせる時、凍害を思い出します。多くの生物は水を含む細胞で構成されているので、生物の組織を凍らせると、細胞内の水分が凍結して体積を増し、細胞膜を破壊してしまうことがあります。良く知られていることですが、食べ物を凍らせて、解凍を上手に行えないと、食べ物の食感や味を大きく損ないます。水から氷に相変化する際、密度が小さく、体積が大きくなるため、細胞のみならず、微腔に浸透した水においても同様のことが生じ、体積が増えることにより微腔には、膨張した体積に対応する膨張圧が作用します。膨張する体積はおよそ9%程度といいます。仮に微腔の体積が変化しないとすれば、氷の体積弾性率が10×109Pa程度といいますから、膨張圧は1GPa、1×109Paにもなります。大気圧が1×105Paですから、大気圧の1万倍の圧力が作用することになります。通常のガスボンベの標準的な耐圧(ゲージ圧)は1.5×107Pa程度ですから、その100倍もの圧力が生じることになります。ガスボンベに水を充填して凍らせると、多分、ボンベは破壊されてしまうと思われます。このすさまじい破壊力により、凍結温度以下になる寒冷地での水道管などの給水設備は凍結により確実に破壊されてしまいます。コンクリートもかなりの空隙率があり、含水していますので、凍結により破壊されます。建物の外装材などで吸水性のあるものが使用されると凍害の被害の恐れが生じます。ところで寒冷地にも植物が生息しています。ロシアのツンドラ地帯やその南に位置するタイガ地帯には多くの植物が生育しています。特にタイガ域では針葉樹のモミ属、トウヒ属、マツ属、カラマツ属など、広葉樹ではカバノキ属やハコヤナギ属の樹木が生育しています。樹木の成長に必要な水分は、夏場に溶ける地下の永久凍土層から供給を受けるといわれています。しかし、樹木は外気温が氷点下以下になっても、凍害で枯れてしまうことなく、生育しています。不思議に思います。常識ではありえないことのように思えます。
その答えもWebで検索することができます。少し、Webで見つけた答えを引用してみます。凍害に合わない植物は一般に、氷点の温度になって細胞外の水分が凍り氷になると、細胞内の水分がその蒸気圧差で脱水され、致死的な細胞内での凍結を起こすことなく、生き延びるそうです。さらに言えば、この脱水の過程で細胞内の水分のミネラルやたんぱくなどの濃度が上昇し、凍結温度がより低下して凍結を免れているようです。こうしたメカニズムとは別のメカニズムで凍結を免れている細胞もあるようです。樹体が大きな木の幹にある細胞は、木部柔細胞と呼ばれるそうですが、細胞壁が非常に厚くて硬く、水蒸気の透過率が小さく、脱水することができないといいます。そのため、植物は細胞内の温度が凍結温度以下に低下しても、細胞内の液水は過冷却水として凍結させないメカニズムが働いていると考えられています。
これは、細胞がそれぞれ隔離されており、物理的に小さな水滴は凍らず過冷却水となる現象によると考えられていました。その他、木部柔細胞内では、低温になると過冷却水を維持する複数の活性物質が発現して氷結を妨げているとされています。この氷核形成阻害物質は、10℃程度も過冷却状態の低下を促進するそうです。なお、この植物由来の過冷却促進物質は、“氷点下でも凍らない水”を可能として、凍結保存が難しかった物質の低温保存を可能とするため、食品のみならず医療用の生体材料や、不凍剤として、結氷防止塗装剤としての可能性を持ち、多様な分野での活用が期待されているとのことです。筆者などは、空調を専門分野としていた関係で、空気熱源暖房用ヒートポンプの蒸発器への霜付き防止に役立たせることができれば、著しい省エネルギーが可能になるのではないかと期待しています。
エンジン走行自動車は、エンジンにクーラントと称される液体の循環による冷却装置を備えていることが多いと思われます。冷却を液体循環によらず、空冷エンジンもありますが、高性能のエンジンは一般に高性能の液体クーラントを使うようです。バイクのエンジンも昔は空冷もありましたが、最近は液冷のエンジンも多いようです。しかし80年も前になりますが日本の代表的な戦闘機である零式戦闘機は、現代の乗用車の10倍、1000馬力もの高出力エンジンを備えていましたが液体クーラントを使用せず、空冷でした。最近の自動車で空冷エンジンを見かけることはほとんどありません。多くのエンジンは液体クーラントを使用する液冷です。このクーラントは水でも十分だと思われますし、事実、昔の自動車の多くは、クーラントに水を用いていました。しかし水をクーラントに使用すると、寒冷地で使用されない時、気温が凍結温度以下になると凍結し、エンジンやクーラントを空気と熱交換して冷却するラジエター内の水が凍結して、エンジンやラジエターが破壊されてしまいます。筆者が子供頃、こうした事例を良く見聞きしました。そのため、現在はほとんどのエンジン自動車は、エンジン冷却用のクーラントには、低温でも液体の状態を保つ凝固点の低い不凍液が使われます。日本で使用される一般的な不凍液は、エチレングリコールを主成分として、水や錆を防ぐ防食剤や冷却効率を高める消泡剤などの成分が含まれたもののようです。エチレングリコールは毒性があります。コップ一杯程度でも飲用すると死に至るそうです。最近も親族にエチレングリコールを摂取させた殺人事件があったようです。エチレングリコールはクーラントしては水に劣ります。そのため、夏は水で薄めて使用されることもあるそうですが、冬場の凍結のリスクが高まります。塩水は凍結温度が低いのでクーラントに使用されることがあります。特に塩分濃度の高いブラインは、凍結温度が低く、塩分濃度 23.3 % のブラインの凍結温度は −21 ℃ですので、不凍液としてブラインを使うことも考えられます。ただ、自動車エンジンに使用されることはないようです。しかし、以前は、空調用の冷凍機には、この塩水、ブラインが使われていました。その名残で、今も冷凍機のクーラントには不凍液が使われますが、「ブライン」という名も使われています。
材料や流体機器の中での凍結の問題は、相変化も考慮した流体解析の大きな課題になります。コンクリートなどの微腔の中を水蒸気や液水が微腔で吸脱着を繰り返しながら移動し、水蒸気、液水、氷晶と相変化する過程を流体解析で検討することなど、流体技術者として血が沸き立つ挑戦と思います。最近、氷点下以下の温度で生じる霜付きの始めとなる氷核の発生は、過冷却水を必ず経ていると聞きました。植物や流体機器など様々な場所で生じる凍結や、霜付き現象、更にはそのもととなる氷核の形成などを流体解析で予測するにはまだまだ時間が必要なようです。