第36回 英国 建設及び社会基盤改革戦略 TIP2030

 今回は少し硬い話をしましょう。英国の建設業界に対する国策についての話です。英国は、国際規格であるISO19650シリーズを作った国であり、BIMや情報マネジメントに長く取り組んできました。この国際規格が、現時点の英国政府の政策とどのように関連しているのか、簡単に説明します。

 TIP2030(Transforming Infrastructure Performance: Roadmap to 2030)は、英国政府のインフラ・プロジェクト庁である Infrastructure and Projects Authority(IPA)が2021年に公表した、2030年に向けた建設及び社会基盤分野の改革戦略です。TIP2030で使われているInfrastructureは、日本では「インフラ」と呼ばれており、交通・エネルギー・通信などの社会インフラをイメージすることが多いですが、ここでは、学校、病院、住宅、エネルギー施設、通信網など、人々の生活や経済活動を支える社会資本全体のことを指しています。そのため、私は、Transforming Infrastructure Performance:TIP2030を、「英国 建設及び社会基盤改革戦略 TIP2030」と表現しました。これは、2011年に発行された、Government Construction Strategy や 2016年に発行された、Government Construction Strategy 2016-2020 という、英国の政策を継ぐものとして、位置付けられています。


英国 建設及び社会基盤改革戦略 TIP2030



 これらの政策が策定された背景には、製造業などの他業界に比べ、建設業界の低い生産性という長年の課題がありました。製造業では標準化やデジタル化によって大幅な効率化が進んだ一方で、建設業界では依然としてプロジェクトごとの個別最適化が主流であり、品質、コスト、工期に大きなばらつきが存在しています。さらに、脱炭素化や老朽化した社会資本の更新など、新たな社会課題への対応も求められています。

 TIP2030は政策ですから、「プロジェクトの成功」ではなく、「社会的成果」を中心に据えています。各プロジェクトで、効率的に建物やインフラを作ること自体が目的ではなく、人々の生活の質の向上、地域活性化、脱炭素化などの社会的価値を実現することを目的としており、さらに、国連のSDGsとの整合も考慮されています。SDGsは2030年までに解決するための課題であるので、この政策が、2030年までのロードマップという工程を示しているのも合点がいきます。


建設環境のモデル



 TIP2030では下記の様に5つの重点分野(Focus Areas)が示されています。
1. 経済インフラの整備による社会価値の創出
2. 地域単位での再生とまちづくり
3. プラットフォームアプローチによる社会基盤整備
4. 既存建物の改修による2050年ネットゼロ実現
5. 既存資産の運用最適化
 3つ目の「プラットフォームアプローチによる社会基盤整備」について、簡単に説明しておきます。これは建物を毎回ゼロから設計するのではなく、標準化された部材やインターフェースを組み合わせて建設する考え方です。製造業のプラットフォーム戦略を建設業に適用しようとするものであり、英国政府はConstruction Playbookと連携しながら、この考え方を公共事業へ適用しようとしています。DfMA(Design for Manufacture and Assembly)やMMC(Modern Methods of Construction)なども、プラットフォームアプローチを実現する概念のひとつと考えられます。


プラットフォームアプローチによる社会基盤整備





 TIP2030ではこれらの基盤として、デジタル技術の活用も重要視しています。しかし、その目的は単なるBIM導入ではありません。つまり、ISO 19650による情報マネジメント、デジタルツイン、データ駆動型の意思決定を通じて、企画・設計・施工・運用を一貫して最適化することが求められています。つまり、「BIMソフトウェアで3Dモデルを作ること」ではなく、「情報を活用してより良い意思決定を行うこと」が本質なのです。

 これは、附属書Bの「情報マネジメントの義務化」という部分で示されています。この中では、発注組織による、OIR、PIR、AIR、EIRなどの情報要求事項の策定を義務付け、発注者自体が情報マネジメント能力を持つことを求めています。これは、受託組織によるBIM活用ではなく、発注組織を起点とした情報マネジメントへの転換を意味しています。




TIP2030の附属書B 「情報マネジメントの義務化」



 TIP2030は、単にBIMを推進するための戦略ではなく、情報マネジメントを基盤とした建設及び社会基盤改革戦略です。情報マネジメントを基盤として、プラットフォームアプローチやデジタルツインを活用しながら、建設及び社会基盤分野全体の生産性と社会的価値を向上させるための国家戦略だと言えます。

 つまり、英国が目指しているのは、個々のプロジェクトの最適化ではなく、社会基盤を支える産業全体の変革であり、TIP2030はその方向性を示す重要なロードマップだと言えます。このように、英国政府は、SDGsの対応などと言った、高いレベルの目標を掲げながら、その達成に向けた取り組みを具体的に示しています。さらに、その基盤となる情報マネジメントとしてISO 19650の実践を義務付けることも、併せて示しています。このような英国政府の方針とその展開については、見習うべきものがあるように思います。