第10回 CFDと最適化解析

 筆者は中高生のころから現在に至るまで特に不思議に思ってきたことが二つあります。それは「宇宙」と「地球上の生命」の成り立ちです。なぜこのような宇宙や地球上の生命があるのだろう?これらは偶然にできたものか?何かの意思によるものか?

 宇宙について「神が宇宙を作ったとき(神が作ったとすれば)、ほかに選択肢はあったのだろうか?」とアインシュタインが述べていますが、この疑問に人類が答えをだせる日は来るのでしょうか? 宇宙についての興味は尽きません。

 一方、生命の進化のメカニズムについては「ダーウィンの進化論(自然淘汰説)」である程度説明できそうですが、生命の起原についてはダーウィン説でも説明不能とされています。 いづれにしても生命進化のメカニズムは大変興味深いもので、交叉と突然変異を繰り返すことにより環境に適した個体が優先的に生き残るということです。

 この生物の適応進化に関する自然淘汰説を模してソフト化されたものに遺伝的アルゴリズム(GA:genetic algorithm)というものがあり、これは人工知能の一つと位置付けられています。これは遺伝子に見立てたデータを大量に作り、適応度の高いデータを優先的に選択して交叉・突然変異などの操作を繰り返しながら高得点のものだけを(生命のように)次世代に残して最適解を求めていくという手法です。

 何を最適解とするのか?を考えるステージは我々の周りに満ち溢れています。例えば建築設計においてはコストやエネルギーはより少なく、環境性能(光、音、熱)はより高性能にというように目指すものが常に「多目的」で、しかもこれらにはトレードオフ関係の項目を含むことが通例です。これらの組み合わせを個々に確認し、評価していくことは何千~何十万という膨大な数のパラメトリックスタディが必要となりこれは現実には不可能です。

 そこで上述の遺伝的アルゴリズム等を適用した多目的最適化技術が適用されることになります。

 多目的最適化技術は、自動車や航空機などの業界で適用が進んでおり、建築環境分野でも20~30年以上前からエネルギーシステム選定、窓面設計、住宅形状設計、採光装置の設計等への適用事例があります。

 しかし、建築環境分野においてCFD解析を用いた本格的な最適設計の事例は(簡略化したCFD解析を用いたものはありますが)今まであまり見受けません。その理由の一つは計算を多数回繰り返すことが宿命である多目的最適解析にCFDを適用することは最適解を得るための全体的作業負荷がかかりすぎると考えられてきたためです。

 一般にCFD解析を用いて多目的最適化を行うには多目的最適化ソフトとCADソフト そしてCFDソフトの3つが必要です。

 この場合の解析の流れは大体以下のようなものとなります。

 CADで形状モデルを作成(&変更)し、このモデルに対しCFD解析を行い、その結果を最適化ソフトで評価し、その後同ソフトのアルゴリズムに従って設計変数を変化させ次の解析ケースの設定とCFD解析を行うという作業を繰り返します。

 この「アルゴリズム」にGA等を用いることにより少ない計算回数で実用的な最適化探査が可能になります。しかし上記のようにCFD解析では他の解析に比べ負荷がかかるため様々な自動化手法(3ソフト間のデータ転送等)を組み合わせて最適化計算の全体的時間短縮化を図ることが重要です。近年ではこのような自動化手法によりCFD解析による最適化探索に成功し設計に反映した事例もいくつかあります。しかし筆者は現段階の建築分野における最適化解析(CFDに関わらず)では全体的に「努力のわりに得るものが少ない」という感想をもちます。例えば得られた最適解は実際では実行不可能な解も含まれ、これらを除外していくと結局設計者が通常直観で決めるものと大差ないことも少なくありません。

 しかし、これは最適化適用のステージがまだ少ないことや、最適化システムに改善の余地があるためで、今後のコンピュータ能力の進展により様々なハードルが取り払われていく可能性は十分高いと言えます。

 最後に、よく言われることですが、優秀でも均一な個体ばかりの集団は伸び悩み、バラエティに富んだ多様な集団の方が、最終的には良好な結果をもたらすとされています。多様性が集団にとって重要だというのは、生物の世界でも、人間社会の集団でも、遺伝的アルゴリズムを用いた計算でも同じと言えるのかもしれません。