第十九回 ~アトリウム・大空間解析 その2~

 千葉工業大学勤務の最終年度(一昨年)の初秋、北海道札幌に2泊3日でゼミ旅行に行ってきました。札幌は筆者がT建設時代に関与した設計・施工案件も数多く、ゼミ旅行ではその中のいくつかを学生と一緒に見学しました。今回はその中で筆者にとって特に懐かしいサッポロファクトリーをご紹介したいと思います。サッポロファクトリーは某ビール会社が自社発祥の工場跡地で積雪寒冷地の暮らしを応援し、市民生活の新たな核となりうるような複合商業施設を建設するという再開発プロジェクト(1993年)でした。

一般に札幌のような積雪寒冷地では、冬期、寒さや降雪により外出を控えがちですが、北米、北欧などの諸都市では 厳しい寒さの中でも、市民が自由に活動できる無積雪で無凍結の半屋外空間を有する複合施設が数多くあります。 本プロジェクトでも施設の目玉として積雪寒冷地でありながら年間を通じて快適な半屋外活動ができる大アトリウムが計画されました。長さが84m、幅34m、高さ39m、底地面積3000㎡、気積10万m3(前回ご紹介したSホテルアトリウムの10個分以上です)、ガラスも屋根が4000㎡、壁は1000㎡×2面という世界的にも最大級のガラスアトリウムです。(添付写真参照)

 しかしこのような大空間の熱環境調整を完全空調で行うと、年間を通じて膨大なエネルギーが必要となります。従ってこのようなアトリウムを計画するには当該地域の自然エネルギーを最大限利用する知恵が必要になります。例えば夏期の比較的冷涼な外気の有効活用、冬期の日射による温室効果の積極的活用などです。又、本件では降雪地域特有の問題として雪対策が必要になりました。ガラス屋根が積雪で覆われるとせっかくの太陽光が遮断され、明るい内部空間が得られません。この対策としていわゆる「融雪」ではエネルギーを使用せざるを得ないため、本件ではガラス屋根の「滑雪」実験を繰り返し屋根雪の滑雪手法をHK大学T教授のご指導の元、開発しました。

 筆者が主に担当したのは本アトリウムの温熱環境でした。本アトリウムは屋根や妻側壁のほとんどが熱的に弱い(断熱性が小さい)ガラスでできているため夏期は日射熱と高温外気の貫流熱が、冬期は同じく冷たい貫流熱がアトリウム内に侵入します。特に夏期~中間期の日射や貫流熱による温熱環境対策として自然換気の活用は最重要課題の一つでした。そこでこの自然換気について前回のSホテルアトリウムと同様、T建設研究所内の人工気象室を用いた模型実験とCFD解析を行いました。模型実験では筆者が大学時代お世話になったW大K教授のご協力を得ました。実験では妻側両サイド下部の開口から外気が侵入し居住域の中央でぶつかり上昇し、高層部の両サイドの排気口から排出する現象が確認できました。これは温度差換気の基本現象そのものですが、開口位置や大きさを変えると内部環境は様々変化します。CFDで模型実験条件に合わせて解析したところ、実験結果をほぼ再現出来たため、(CFD解析精度の再確認と言う意味で)安心したことを覚えています。

 数年後これらの実験や解析結果に基づき本施設の設計・施工が行われました。竣工後はアトリウム内の温熱と換気に関する実測を行いました。一般に実測では空間内全体の気流や温度を計測する必要がありますが、本件のように最高高さが地上約40mもあるような大空間内の実測はセンサーの設置自体が大変です。そこで、本件では複数の係留気球を用いました。(最近ではドローンの使用が有効ですが) なお、本件での換気実測は筆者のM研究室時代の麻雀仲間でもあったN大A教授のご協力を得ました。実測中アトリウム空間上部で複数の係留気球同士が気流にあおられぶつかり合い、地上ではこの対応方法を巡って筆者とA教授の意見がぶつかりあったことを今でも懐かしく思い出します。

 色々ありましたが、本アトリウムはガラス屋根の雪処理、自然換気の導入、その他多数の技術の採用により温熱快適性と省エネルギーの有効性が確認されIBEC(建築環境・省エネルギー機構)の建設大臣賞(当時)を受賞することが出来ました。 この頃、このような大空間やアトリウムの設計コンペが数多くあり建設大手5社間で激しく受注競争していましたが、中でもTN工務店さんが「ドームのTN」として1歩リードしていました。このような状況下、ある時ビッグコンペ(埼玉Sアリーナ)の話が持ち上がってきました。 これは筆者の記憶に大変大きく残るもので次回その内容の一部をお話ししたいと思います。

サッポロファクトリー アトリウム
サッポロファクトリー アトリウム