第二十二回 ~建築とVR~

 筆者は長年CFDを用いた建築・都市環境を研究の中心としてきましたが、同時に建築へのVR(Virtual Reality)適用も積極的に行ってきました。今回のコラムではこの経緯についてお話したいと思います。

 このアリーナ(設計NK設計、施工はT建設他:竣工2000年)は筆者が数多くCFD解析を行ってきた中でも特に記憶に残る建築の一つです。

 CFD解析が軌道に乗り始めた頃、可視化情報学会という学会主催で「見えないものを見る」というコンセプトのシンポジウムがありました。営業からの要請で筆者らはこのシンポジウムのパネル展示にCFD解析結果を出展し好評を博しました。それを機に筆者は同学会に入会し、可視化情報全般に興味を持つようになりました。その後、同学会の理事に就任し各業界内の可視化専門家と意見交換しているうちに「建設業界における可視化情報とは?? 他業種との違いは??」等について改めて考えるようになりました。

 可視化の意義は「見えないもの(見えにくいもの)を見えるようにして新たに価値を発見すること」と言えます。これを建設業に当てはめて考えると大別して2種類の内容が思いつきます。一つは人間の目に見えない気流や熱の可視化、即ちCFD解析に代表される建築性能の可視化です。そしてもう一つは、これから建設される「建築のデザイン」です。これも現存しないという意味で当然目には見えません。前者は物理的視点、後者は時間軸視点と言えます。そこで、当時筆者はこの両者を建設業における可視化情報の代表と捉え、両者を対比させるため、シンプルに前者を「サイエンス」、後者を「アート」と呼び、建築計画時の検討にはこの両者の一体化こそが肝要と考えました。

 一方、改めて考えてみると、車、衣服、食料品、等の各業種におけるあらゆる商品には通常「試作品」というものがあります。この試作品の出来や利用戦略がその後の商品販売に大きく影響を与えます。しかし建設業では(住宅展示場は別として)ビルやダムの試作品は当然できません。従来より、建設業界では模型やパースが「試作品的なもの」として位置づけられてきましたが、そこには「サイエンス」的なものが全く抜け落ちています。そしてもし、建築の試作品を本気で?考えるのであれば「可視化レベル」を超えて「仮想体験化レベル」が必要です。もし、このようなレベルの建築の試作品が出来れば設計や営業に大きく貢献できそうですが、それはなかなか困難ですぐに達成できそうにありません。

 ではどうすればこれに近づけるか?筆者はVR技術にこれらの解決の糸口があると考えました。VRにはソフトやコンテンツを上手く組み合わせればデジタル情報でありさえすればあらゆるものを吸収する潜在能力があります。膨大な要素で構成される建築にはこのVRの特徴はよくマッチします。

 そこで、筆者は検討ステージをそれまでの「可視化」から「VR化」に移し、VR技術で「より高次の試作品的なもの(仮想体験建築モデル)」を作成できるシステムについて考えるようになりました。

 このようなことをイメージして構築したのが前回のコラムでも述べた「アート」と「サイエンス」のコラボVRツール「HybridVision」です。このシステムは,高さ 2.4m×幅 5.6m の大型スクリーンで5台のパソコン、2機の立体視対応プロジェクタでリア投影しています。映像のコントロールは,三次元マウスとジョイパッドを用い、立体視用の液晶シャッタ眼鏡を使用しています。VRコンテンツはサイエンス部分ではCFDだけでなく、音の再現(音響を3次元立体音響で可聴)、構造計算を用いた地震による建物挙動等を、アート部分では心理実験が可能なレベルまで空間リアリティを高める表現機能等を追加開発しました。

 また、大型スクリーン&立体視を採用したため関係者(研究者、設計者、営業、顧客)が一堂に会して実寸大で空間を仮想体験でき早期の合意形成を行うことも可能になりました。

 このVRシステムを数多くの物件に適用し、それなりの成果(設計支援、営業貢献)を上げることが出来ました。しかし、問題も多く例えば「VR酔い」の問題も発生しました。

 また、システムが重厚長大型であったため、フットワークが悪くハンドリング全体に手間がかかり、様々な機能のバージョンアップの検討が必要でした。例えばシステムの簡易化、BIM(ビルディングインフォメーションモデル)との連動、MR,AR技術の導入などです。

 これらについては次回以降にお話ししたいと思います。

データセンター内の気流可視化・地震揺れのVR例
 「HybridVision」 立体視による実寸大表示
(大成建設HPより)
データセンター内の気流可視化・地震揺れのVR例  「HybridVision」 立体視による実寸大表示 (大成建設HPより)