第二十九回 樹木キャノピー解析

 筆者の名前は森川泰成(もりかわやすしげ)ですが、小さいころ父親が姓名読み下しで私の名前は森と川(つまり自然)に対して泰(やす)らかに成(な)らしめるという意味があると時々言っていました。しかし実際はT建設という大手の建設会社に入社し、自然を破壊?しながら人工構造物をつくるというイメージの業界に身を置くことになりました。当初このギャップを心のどこかでかすかに感じていましたが、すぐにこのギャップは消え去りました。つまり、建設業においても自然環境維持・保全は必須でありその方向で業界全体が動く必要があることを強く認識したからです。自然環境を代表するキーワードとして「風・水・緑」があります。建築計画や都市計画において当該地域が保有するこれらの自然ポテンシャルの維持は必須です。数年前の新国立競技場でも「風・水・緑」への対応は最重要ポイントのひとつでした。

 ということで、今回のコラムでは都市や建物と共存すべき緑(樹木や森)と風との関連についてお話をしたいと思います。

 この分野でよく使われる用語にキャノピーという言葉があります。キャノピーはもともと仏像等の上部の「天蓋」を指す言葉のようですが、本分野では都市キャノピーや森林キャノピー、樹木(植生)キャノピーのように、空が建物や樹木で覆われる空間を指す言葉として用いられます。スケールは様々ですが、いずれも特有の環境を形成します。

 例えばある敷地内で樹木(キャノピー)がある場合とそうでないない場合では周辺空間に環境の相違をもたらします。この場合検討ステージは大別して2つあります。

 ひとつは風(気流)の変化です。樹木は風の流れに抵抗し、風速を低下させ風の乱れを増加させます。これはビル風対策用の樹木や海辺の防風林が代表例で強風を避けるために樹木の背後に回ることはよく経験します。

 もう一つは熱(温熱)の変化です。例えば夏季において樹木は日射を遮るため(地面からの照り返しも含め)人間の暑さ感を和らげます。日射を避けるため樹木の木陰に移動することはよく経験します。しかし、樹木は上述のように風を遮るため風通しを悪くさせ、加えて水蒸気を発生させるため蒸し暑さを増加させますが、同時に蒸発潜熱の放散により周辺の温度を低下させる効果もあります。このように樹木と熱に関する現象はやや複雑です。

 近年、これらの特性を踏まえた建築環境計画が行われる例も増えてきました。例えば通常どの地域においても夏と冬は卓越風向が異なるため、落葉樹&常緑樹をくみあわせて夏は日射を防いで敷地に風を通し、逆に冬は風を防いで日射を確保する等の建築・敷地計画です。

 筆者らも以前、某エコロジカルタウンの建築計画において日射、風、景観を総合的に考慮して樹木の敷地内への設置計画を行い、高評価(受賞含め)を受けたことがありました。 ところで、このような建築・都市計画における樹木の効果についてどう予測・解析するかという「本題」ですが、気流については以前より樹木模型を用いた風洞模型実験が行われてきました。しかし樹木の模型作成方法により結果が左右されるのであれば実験の意味がありません。そのため数十年前恩師のT大M教授や同僚のH氏(後にH大教授)により樹木の効力係数(樹木が風に抵抗する程度)や葉面積密度の測定とそれらが一致するような樹木模型の提案が行われました。その模型とは当時発泡樹脂による樹冠や、針金をらせん状に加工したものでしたが精度に当然限界もありました。

 そこで近年ではこの分野でもCFDの活用が行われています。樹木は幹と枝と葉から構成されており、それらを個々にモデル化して解析することは現実的ではありません。そこで個々の樹木は再現せず樹木の影響を抵抗力として運動方程式中にモデル化するキャノピーモデルが用いられます。このことにより実験と比較して樹木の取り扱いは圧倒的に簡易になったと言えます。(しかし状況によっては効力係数や葉面積密度の設定には様々事前のチューニングが必要な場合もありますが、筆者の経験ではそのチューニング効果はある場合もない場合もあります。)

 結局本分野でも解析のモデル化の精度と求められる要求精度とのバランス、つまり解析における大局観が大変重要となると言うことのようです。

 次に樹木の熱的影響ですが、これは模型実験では不可能なためCFDを用いることになりますが、上述の気流の場合よりモデル化は各段に複雑になります。詳細は別稿とさせていただきます。