樹木や芝生等による建築周辺の緑化は建物建設の影に隠れてやや脇役になりがちですが、敷地内の環境保全という立場で考えると大変重要です。前回はビル風対策に代表される「力学的立場」から樹木に関するCFD解析のモデル化や事例についてお話しました。今回は緑化の範囲を樹木から芝生にまで広げて「熱的影響」の立場から筆者の記憶に残るトピックスや問題点をいくつかお話ししたいと思います。
一つ目は芝生です。芝生は特に夏季の温熱環境緩和に大変有効です。単位面積当たりでは芝生の潜熱効果は樹木より数倍大きいことも分かっています。筆者も数多くのプロジェクトで芝生を用いた緑化計画に携わりました。特殊な事例として芝生を如何に成育させるかという技術検討が要求されるプロジェクトもいくつかありました。例えば数年前の新国立競技場がその一例です。芝生面は風速の減衰、温湿度の上昇、冬期の日射量不足が育成環境を低下させます。芝生面が健全に育成されないと元も子もありません。そこでCFDにより芝生が育成しやすい環境をもたらすように同競技場の開口部やスタンド屋根の形状等を検討しました。その際、重要なことは芝生の特性を同時に考慮する必要があるということです。どのような芝生を用いるかによって設計が変わるからです。同競技場はこの芝生保全の観点も考慮して開口部やスタンド形状・仕様が設計されています。この芝生育成に関する予測・評価技術はT建設の差別化技術の一つにもなっています。
次に屋上緑化です。屋上緑化は上部からの建物内への熱貫流を低減させる効果(ヒートアイランド抑制効果)があります。しかし、当時より(現在でも?)この屋上緑化に批判的な研究者もいます。屋上緑化は屋上に芝生土壌や樹木を設置するため建物の荷重が増え、かつ防水工事や樹木のメンテナンスが必要というデメリットもあるからです。単に建物への熱貫流を減らす、ヒートアイランドを抑制するのであれば、日射反射材(塗料)等で代替が効きます。従って、屋上緑化には熱的効果を十分把握したうえで、屋上庭園化するなど空間の付加価値を上げるという総合的な視点が必要になります。
さらに屋上に加え壁面を緑化しようとする事例もありました。夏期の日射を遮蔽するために、植物によって窓面を覆ういわゆる「緑のカーテン」です。筆者が横浜国立大学客員助教授を兼任していたころ、同大学建築棟で壁面緑化の研究とそれに基づく工事を行なわれました。この壁面緑化も当然メリット・デメリットがあります。メリットは外部の日射遮蔽や貫流熱の低減です。デメリットはいうまでもなく、室内から外部の視界が遮られるということと屋上緑化と同じく植栽のメンテナンスが必要になるということです。特に壁面緑化の場合植物は上方へ伸びようとするため、ネットやロープを設置して植物の成長を補助する何らかの工夫が必要となります。このあたりは環境研究者だけでは当然対応できません。
つまり、ここで述べたような緑化関連技術に関して感じたことは本分野(に限りませんが)で成果を上げるには、その道のプロ(今回の場合植物のプロ)の存在が欠かせないということです。T社では植物の「プロ」Y君がその大役を一手に引き受けています。
さて、これらをCFDで解くには通常の熱・気流解析に加え樹木や芝(さらには土壌、建物群全て)の熱特性をCFD計算体系に組み込むことが必要になります。前回の樹木の防風対策の場合では運動量方程式に抵抗項を付加するだけでした(それでもいくつかのパラメータ設定が必要ですが)が、熱の場合にはそれに加え日射や長波の放射解析や潜熱の解析が必要となります。
基本的な理屈は樹木が日射や輻射を遮り、潜熱の放出により周辺温度をさげ、湿度を上昇させるということなります。これらについては学会でも多数の論文が発表されており、CFDによる計算体系自体はほぼ確立されていると言えます。
しかし、問題は(特に実プロジェクトの場合)数多くのパラメータ設定が必要でこれがなかなか厄介だということです。気象条件はまだしも、全ての建物、地物各々で熱物性、放射物性等を入力する必要があります。しかし通常詳細不明で(実験・実測値や既往文献を参考にしつつも)大胆な仮定値を入力するしかない場合が大半です。しかし、筆者の経験を通して言うとその大胆な仮定値はわかりやすく、かつ結果への方向(安全側、危険側等)を示せることが重要です。つまり結局はここでも現象の大局的把握が重要であると感じています。