建築環境解析の一つに湿度解析があります。通常の温熱環境解析からすれば、湿度解析はややオプショナルな使われ方が多いようですが、温熱環境形成や空調の原理から考えても湿度解析は大変重要です。湿度変化に関する現象は例えば窓が結露したり、雨のあと濡れた歩道の表面が徐々に乾いていったり、室内のコップの水が蒸発するなど日常生活においても大変なじみが深いものです。夏季のミスト噴霧や街路の打ち水のように水の蒸発現象を気温低下のために利用する方法は昔からよく用いられます。最近では例えば新国立競技場ではミスト噴霧が採用されています。
水分が気化して水蒸気になる時、潜熱として熱を周囲から奪うという理屈自体は中学の理科で習いますが、筆者はそれでも水の蒸発や凝縮現象を大変不思議に感じ、社会人になってその本質的メカニズムは何だろうか?と考えたことがあります。(深く追い詰めていくとこの問題は熱力学のエントロピー問題に行き着きます。)この空気中に絶対量としては極めて少ない量の水分(例えば乾燥空気1㎏中に数g程度の水分)の変化が温熱環境に大きな影響をもたらすことを定量的に理解したのは大学で建築環境工学を学んだ時です。大学の建築環境工学の講義ではこの分野を「湿り空気」として取り扱い、空気線図を用いてその原理や応用が説明されます。空気線図はやや複雑な図ですがその応用範囲は大変広く、熱・水分移動の基本原理にとどまらず、空調機、熱交換機、冷却塔やエアワッシャー等の建築設備機器全般の検討に利用されます。空気線図は環境研究者や空調実務者のバイブルともいえる存在となっています。
T建設に入社後、この湿度関連問題に関しても様々な検討を行いました。最もポピュラーなものは結露です。筆者が入社した当時では結露問題は騒音問題と建築クレーム対応数のトップを競い合っていました。結露は「夏型―冬型」、「内部―表面」等に分類されますが、結露の原理自体はシンプルなため基本的な設計・施工方法は設計や現場にも周知されていましたが、当時の忙しい各作業現場では対応に手が回らず、研究所(当時)に対策検討依頼が数多く寄せられました。その後、結露専門のソフトもいくつか開発され対策マニュアルも整備されていきました。またCFDによる予測も行われるようになりました。
次にこの水分移動現象を結露等のクレーム処理ではなく、前向きな材料開発に適用した事例をお話します。室内に面する吸湿性の高い材料は室内空気の湿度が高くなると室内の湿気を吸収し、逆に室内空気の湿度が下がると自然に材料内の水分を室内空気に放出します。つまり「湿度自動調整建材」ということになります。これについては従来より理論や実験による検討が行われていましたが、近年ではCFD解析が有効で筆者も大学勤務時代、隣の材料研究室から相談を受けいくつか解析を実施しました。その際には熱以外に湿度に関する材料物性情報(湿気伝導率や吸放湿特性)が必要となり、それらに詳しい材料研究者とのコラボは有効でした。
一方、屋外でも近年のヒートアイランド問題と関連して街路や壁体の保水性建材が各社で積極的に開発されています。古巣のT 建設でも数年前舗装ブロックや建築物の外壁パネルに自動給水を行って,その表面温度を低下させるハイテク打ち水システム(打ち水効果)が開発されました。このシステムは使用済みの(水分保持性能が高い)発泡スチロールのリサイクル材を基盤におき,瓦や廃ガラス,貝殻などの廃材を表層材として利用しているため「環境にやさしいエコシステム」として売り出されています。これらのシステム開発にはやはり材料研究者と共同で実験を行うことが有効でした。しかし、あらゆる環境条件での実験は(実験施設、予算、能力の)限界があるため不可能です。実際にこれらのシステムを配置する際には、実験では再現できない建物・街区条件や外部気象条件の考慮が必要です。そこで、実験可能な条件下での解析をCFDで行い解析手法をチューニングし、そのチューニングのノウハウを用いて実務対応に備えるという「実務対応検討スキーム」が有効となります。
つまり実務では(理論や実験結果に支えられながらも)結局CFDによる気流―熱―湿気同時連成解析が大きな威力を発揮します。
本件のようにCFD解析技術が温熱環境の予測や評価に使われるだけでなく、新しい材料開発やシステム構築につながれば大変喜ばしいと感じています。