第三十五回 換気効率解析とCFD

 建設・空調業界でCFDが最も活用される分野に空調解析と並んで換気解析があります。換気は建物内で(人生の)80%の時間を過ごすと言われる人間にとって大変重要です。

 人間は1日で約20㎏の空気を摂取すると言われています。従って摂取する空気の質は食料&飲料と共に人体健康へ大きな影響を及ぼします。建物内では程度の差はありますが、目に見えない大小無数の汚染物発生源があるため空気は汚染され、人間は知らず知らずのうちに汚染空気を体内に取り入れることになります。そのため換気は昔から建築分野において健康の観点から最も重視されてきた研究テーマの一つです。ひと昔前はシックハウス問題が大きな社会問題になりました。最近ではコロナウイルスと換気の関係が世間で大きく注目されているのは周知のとおりです。

 換気の目的は「建物内の汚染空気を排出し、新鮮空気を導入することで人間にきれいな空気を供給すること」と言えます。その際如何に効率的に「それら」を達成するかが重要ポイントです。この換気効率の考え方や指標は様々ありますが、近年では換気効率指標としてSVE(Scale for Ventilation)が良く利用されます。これはT大学K教授(現名誉教授)らによるものです。SVE1からSVE6まで指標が6つラインナップされています。

 例えばSVE3は空気齢を示します。(空気齢は新鮮空気が室内に侵入してからの経過時間を示します。空気齢が小さいほど新鮮さが維持された空気であることを示します。)

 筆者が大学院時代、恩師のM教授とK 教授(当時助教授?)との間でこの換気効率指標の提案について熱くデスカッションが行われていたことを思い出します。筆者は当時風の頻度分布をワイブルパラメータ、A(風向頻度),K(形状定数),C(尺度定数)の3つで近似する研究をしていました。M教授はSVEの6つの指標の位置づけもそのアナロジーだと筆者に説明され少し納得した記憶があります。

 T建設退社後勤務したCK大学ではこの換気効率に関して苦い?思い出があります。

 筆者が大学に勤務して2年目卒論のテーマとしてこの換気効率と温度形成寄与率(換気効率の温熱版)を用いた解析を取り上げました。CFDを用いて換気効率を算出する手法自体はポピュラーですが、濃度分布解析結果から空気の寿命が求まるという理屈は少々難解です。そこで学生に理解させるため実例物件を対象にして解析させることとしました。しかし、卒論中間発表で先輩のK教授から 「こんな古い指標を用いて何になるんだ?」 という手厳しい指摘が学生にありました。 卒論発表 (中間発表も含め)では指導教授は会場からの質問に回答できず、学生のみが回答するというルールでした。そのため当然学生は答えられず、 筆者もルール上フォローできず、 大変歯がゆい思いをしたことを思い出します。

 またこの頃、東京狛江のD研究所と電磁厨房のフード排気に関する共同研究を行う機会を得ました。一般に厨房では熱や水蒸気が発生するため、これらが周辺に拡散しないように調理器上部に排気フードの使用が義務化され、その換気性能やフード仕様にも基準があります。しかし、通常のガス利用に比べ電化厨房では熱効率が高いため必要換気量を低減できる可能性があります。D研究所ではすでに膨大な実験を通して、調理の器具(揚げ物器と茹麺器)毎に排気フードの張り出し長さと換気量をパラメータとして捕集率データが整理されていました。この捕集率も換気効率の一つの指標です。しかし、不足しているパラメータとして気流擾乱が指摘されました。実際の調理器周辺では調理人の動きがあり、それにより気流の乱れが生じるためこの排気捕集率についても結果が変わると考えられました。そこでこの気流擾乱もパラメータに含めた新しい排気指標を提案するためCFDを用いた解析を行うことになりました。

 この厨房排気問題については筆者の友人の大学教授が何人か先行研究していることは承知していましたが、実際に自分でやってみると様々な注意点があることが理解できました。 T建設時代、換気に関しては一般のオフィス等の解析がメインであった筆者にとってはこの厨房フード捕集問題は「換気(効率)問題」のすそ野の広さを改めて感じさせるものでした。(諸事情により途中で筆者は解析を中断してしまいましたが。。)

 換気は古くて新しいテーマであり続けるようです。