筆者が建築環境解析に携わってかれこれ40年になります。振り返ってみると、筆者は環境研究、特にCFD解析に対しては大学的研究アプローチと民間的実務アプローチの両者を経験したことになります。この両者(研究と実務)の特徴的な差は何でしょうか?
様々な考え方があると思いますが、CFDにおいては目指す方向が大学は「一般解」を、民間は「特殊解」を目指すという違いがあります。勿論大学においても特殊解を求めるケーススタディがありますが、これはあくまで一般解の検証や一般解を充実させるためのデータ補完に役立てます。逆に民間でも多数の特殊解の中から一般的情報を抽出&整理して一般解の一つのネタ提供として論文発表することはあります。
一般解とは例えば乱流モデルや、解析スキーム、境界条件、あるいは形状をシンプルにした換気モデル、空調モデル、市街地風解析等です。一般化しておくことで適用対象が広がり大学で評価される論文レビュー数の拡大につながります。そのため大学では論文になりやすい一般解を求めようとする研究が行われるのは当然です。例えば建物周辺気流解析では通常基礎研究として、周辺街区を全て均一としてモデル化し、空き地や特殊形状の建物は「本質に影響を及ぼさない外乱箇所」として処理します。細かいことは基本的結果から「推して知るべし」という立場です。これは高層建物の影響のみを極力一般化して考察するという立場ではある意味当然です。
この対極にあるのが、1つ1つの物件は全て特殊解であるという考え方です。特に民間で実際の解析を行う際には一般解からの外挿(推して知るべし)ではなく、その物件特有の状況を再現して解を出す必要があるという立場です。筆者はこれを大成建設時代Rapid Prototyping手法としてシステムの構築と運用を行いました。ここでは上記で外乱として無視した空地や特殊形状の建物の再現が重要な意味を持ってきます。これを如何に早くわかりやすく再現し表現するか?が注力点になります。いちいちモデル化して解析するのはコスパが悪いと敬遠されたのは遠い昔で、今では物件ごとにこの特殊解(ケーススタディ)が各方面で効果を発揮しています。この流れと連動して大学研究者も民間と同様の動き方をし始めているようです。つまり、大学も民間も基礎研究より実際の建築・空間モデルの再現を重視したFULL解析を目指し始めているようです。
するとこのCFD(FULL解析)の流れの中で今後重要なことは何になるでしょうか? それはやはり①CFDの基礎となる建築環境原論、②CFDの基礎である流体理論、数値解析理論の充分な理解であり、それを踏まえたうえで③Rapid prototyping的アプローチ(FULL解析)の展開と言えます。筆者は建築環境原論の確認には木村先生(早大名誉教授)の「建築設備基礎理論演習」、CFD理論の確認には村上教授(恩師:東大名誉教授)の「CFDによる建築・都市の環境設計工学」を常に参照しています。この両先生は建築学会大賞も受賞されたこの分野の大先生で両先生の薫陶を受けることが出来た筆者はラッキーだったと思っています。
Rapid prototyping的アプローチ(力ずくFULL解析)においては検討対象とする項目とモデル化の設定力が大変重要です。例えば建物形状の大幅なデフォルメ化や実際の傾斜地盤をフラット化してモデル化しているのに、必要以上に細かくこれらの部分の壁面境界を検討するのはバランスが悪いと言えます。結果への影響を総合的に考えながら「どこまで何をどのようにモデル化」するかは通常解析者の勘と経験にゆだねられます。そこではバランス感覚が必要です。
最近AIの動向が大きく注目されています。CFDとAIは必ずしも競合するわけではありません。今後のCFDではモデル化の在り方や結果の判定にもAI技術が導入されてくるかもしれません。つまりCFDがAI技術と連動して複雑な環境事象がより素早く正確に解析できるようになる可能性もあり、CFD解析の将来も大変期待が持てると言えます。
最後に筆者はCFD解析において数多くの人から影響を受けました。東大時代の先輩、同僚、後輩、大成建設時代の多くの研究員や他大学、他研究所の数多くの先生方との情報交換は大変有意義でした。なかでも、加藤先生(東大名誉教授)、東北大持田教授には筆者が院生時代から現在に至るまで色々ご教授いただいています。また大成建設入社当時から阪田氏(現環境シミュレーション代表)からはCFDに限らずスパコン、GWS等の周辺環境、可視化方法等に関し様々な貴重な情報をいただきました。これらの3氏には現在でも大変お世話になっています。恩師の村上教授、木村教授含めこれら5氏に深く感謝し、今後の建築環境工学・CFD解析がますます発展することを祈念して筆をおくことにします。