第8回 建築総合評価のためのVRシステム

 筆者は民間建設会社と大学で合わせて40年近く研究生活を送りました。民間研究所生活を終えて大学に勤務するタイミングに合わせてそれまでの論文等の業績をまとめてみました。集計してみると500編近い論文がありました。これが多いのか少ないのかはわかりません。また、論文は量より質が大切でもあることは勿論です。

 論文は基本的に1編で完結することが望ましいとされています。やむを得ない場合は続編(シリーズ化)が行われます。筆者は40年間でシリーズ化した論文がいくつかあります。そのうちの一つが10年ほど前に建築学会で発表した「建築・都市の総合的性能予測評価のためのVRシステムの開発」です。

 そこでは、VRやラピッドプロトタイプの意義に加え、建物や市街地の温熱環境や光・視環境,エネルギー計画等へのVRの適用可能性を紹介し、更にマルチ処理技術、MMI、BIM連携機能、プリプロセス支援等のVRシステム関連技術をまとめて17連報として発表しました。

 そのようにした理由・背景は以下の通りです。

 建築の設計・計画には2通りの方法があるとされています。 一つは「総」から「個」へ、もう一つは「個」から「総」です。前者は建築をまず全体的に作り上げ、徐々に個別の部屋や要素を決めていくアプローチ、後者は個別の部屋や要素を作りそれを積み上げていくアプローチです。共に建築が最終的に「総」であることの認識は共通です。

 有名な建築家もこのどちらかのタイプに分類されるそうです。 

 そこでこのための仕組みの一つとしてVRの適用が有効ではないかと考えました。一方研究論文は「個」が主軸でその深堀が本来の目的と言えます。従って建築の分野では構造、意匠、計画、環境と研究ジャンルが大別され、さらに環境の中でも温熱、気流、音、光等と分野が細分化され、その範囲で論文が執筆されます。このこと自体は全く問題ありませんが、この「個」が「個」として完結したままで、本来建築として必要な「総」に向かう(向ける)趣旨の論文はほとんどありません。ここに研究論文と実務の乖離があります。個別の最適解を集めても必ずしも全体の最適解にならないことは明らかで、実務では「個」は常に「総を意識した解」への収束を検討する姿勢が必要です。そのためには「個」と「総」を連動させるための何らかの仕組みが必要となります。

 そこでこのための仕組みの一つとしてVRの適用が有効ではないかと考えました。

 一方、VR自体も当時から活用されていましたが、研究段階のものが多く、実務適用はCG的なプレゼンテーションや視環境評価的な範囲に留まり、本来のVRが有する「本質的機能」を生かした適用が充分なされていないと感じていました。

 そこでこのような状況に一石を投じようとして発表したものが上記の論文シリーズでした。

 VRを用いた建築の総合評価の意義や方法をペーパー上で示すためにはシリーズ化せざるを得なかったということです。

 ではこのVRが有する「本質的機能」とは何でしょうか? ジャンルにより答え方は多数あると思いますがわかりやすく言うと、建築分野では「建築性能との(スマートな)対話機能」であると思います。対話ですから情報を受け取るだけでなく、問いかけも必要で、対話を通しての新たな気づきや発見が特に重要です。これはCFDへの適用においても同様です。

 ではこのVRが有する「本質的機能」とは何でしょうか? ジャンルにより答え方は多数あると思いますがわかりやすく言うと、建築分野では「建築性能との(スマートな)対話機能」であると思います。対話ですから情報を受け取るだけでなく、問いかけも必要で、対話を通しての新たな気づきや発見が特に重要です。これはCFDへの適用においても同様です。

 建築は膨大な要素や性能から成り立っており対話すべき種類や内容は多数あります。しかし、分野毎(例えば計画・デザイン、環境、構造、材料分野等)に対話の言語(2次元の図面や図表、3次元パース、写真、CG等)が別々です。

 言語が別々では総合的な性能を語るうえで効率よい対話はできません。筆者らは建築に関連する多種多様の情報をVR情報として「言語」を一元化し、「対話」できるシステムが必要と考えました。さらに言語を一元化したあとは、画面から情報を受け取るだけではなく画面に問いかける「対話」機能として、マルチ性、リアルタイム性を備えたシステムを構築しいくつかのプロジェクトに適用しました。

 しかしこのシステムは大がかりなもので、コストもかかり全体的に「スマートさ」には欠けると言わざるを得ませんでした。その後10年近くが経過し、最近では類似したコンセプトのシステムもいくつか見受けるようになってきました。

これらの動きはAI等を利用した最新ICT技術の導入で今後一層加速していくものと思われます。建築へのVR適用はこれからが本番と言えるかもしれません。