第十夜に引き続き、見たいものを見るようにするために、流れの自由度を制限する境界のモデリングについて考えてみます。
前回は、流れが境界面に沿って流れざるを得ない、固体壁のモデリングに関して、見てみましたが、今回は、流れ場のシミュレ
ーションの領域を大きくしないため、人為的に打ち切るため設けられる仮想的な境界面を考えてみます。オープンな境界層流れ
のシミュレーションを行う場合はもちろんですが、閉鎖空間内の流れを解く場合でも、流れが流入、流出する開口面など、流れ
をそこで切断して人為的な境界面が設定されます。また閉鎖空間内で流れでも対称面に関して、流れが面対称になると考えられ
る時は、対称面の方側の流れのみ解かれることがあります。屋外の風の流れ、すなわち都市境界層内の流れを解く場合などは、
流れがよぎらない固体面は地盤面などに限られ、対象とする領域の上流や下流、また上空に、固体面はありません。このような
流れのシミュレーションを行う場合には、仮想的に流れに境界を設けて流れのシミュレーションを行うことになります。
仮想的な境界は、本来の観察したい、あるいは再現したい、流れ場に大きな影響を与えないこと、境界条件の設定の感度低い
ことが必要です。運動方程式や、アンサンブル平均による乱流モデル(RANSモデル)を連立させて解く場合のスカラーの輸送方
程式は、一般に2階の偏微分方程式をなしています。固体壁の境界条件であろうと、仮想的な境界条件であろうとも、1階以下の
微分量を含む境界条件を課してあげないと、方程式は解けません。固体壁の場合は、物理的な条件から、物理的な解釈の可能な
境界条件を課すことになりますが、仮想的な境界では、何らかのモデル化に基づいた境界条件を課してあげることが必要になります。
このような仮想的な境界における良く用いられるモデリングを考えてみます。モデリングの鍵となるのは、運動方程式であれ、
スカラー輸送方程式であれ、生産項、消散項を除けば、ともに運動量保存、スカラー量保存を表す保存方程式であるので、流れ
場境界の全領域を考えた場合に、境界を流入出する運動量や、スカラー量の総和はゼロとなり、保存則を満たすことが必要です。
総和がゼロにならなければ、境界で囲まれた領域の中で、方程式に記載された生産項、消散項とは別に運動量やスカラー量が生
じる、あるいは消散されることを意味し、正しいシミュレーション結果が得るための必要条件が放棄されてしまいます。
流体シミュレーションのユーザーは、時々、こうした物理的に絶対満たされるべき条件を無視した境界条件を与えることがあ
ります。実は、流れのシミュレーションは、程度の差はありますが、少しぐらい境界条件に矛盾があっても、もっともらしい解
を出力してしまいますので注意が必要です。これは、連続的な流れを離散化して解くシミュレーションは、離散化誤差の混入を
許し、この離散化誤差が流れのシミュレーションの解析を不安定にして解が得られ無くなるような事態を避けるため、人為的と
もいえる安定化の工夫をシミュレーションの算法に課していることも、原因の一つです。境界条件全体として、矛盾がないこと
を自動的に確認する機能がシミュレーションソフトに組み込まれていれば、ユーザーとしては安心ですが、流体シミュレーショ
ンを日常的にこなす専門家の方であれば、専門家としてのメンツを保つ、一つの要素ですので、このような境界条件の矛盾がな
い様、気を配ることも必要と思います。
仮想的な境界を与えてシミュレーションを行う場合、なるべく、境界の総和で保存則を満たすことを考える時、そうした境界
で流入出が多数あることは、物理的に矛盾のない境界条件が与えられないリスクを増すことになるので、仮想的な境界条件を与
える場合は、流入出のない境界面、すなわち、境界面に対する法線方向速度が境界面でゼロになる条件を与える場所に設定する
ことが有利になります。更にこの法線方向の運動量やスカラー量の勾配がほかの主要な場所に比べて、十分小さいとみすことが
できれば、法線方向勾配ゼロの境界条件を与えることでき、人為的な境界条件を考えるという難題を回避することができます。
ただ、本当に仮想した境界面の法線方向勾配が小さいのかということは問題です。慎重に考えるのであれば、このような仮想的
な境界面を配する際は、観察したいと思っている流れのシミュレーション目的箇所から、この仮想境界条件面までの距離を変え
て、シミュレーションを行い、仮想した境界面が観察した流れ場にあった得る影響の感度を探ることが必要になります。
なお、仮想した境界面で法線方向の速度をゼロとせず、法線方向速度の勾配がゼロという境界条件を与えたシミュレーション
を行うことは可能です。しかし、境界面全体の総和を考えたとき、法線方向速度の勾配がゼロという境界条件は、運動量保存、
スカラー量保存に対する絶対的な拘束を弱めることに繋がり、シミュレーションを不安定にして、シミュレーションの解を安定
的に求めることを難しくします。これは、法線方向速度の勾配ゼロを与えた仮想境界面で、流入と流出が生じた場合、流入が増
せば、無条件に流出が生じることを意味し、抑制する条件が働かないため、シミュレーションが発散的になると想像していただ
ければ良いかと思います。
これに対して、仮想した境界面で固定した静圧力を与え、仮想面に対する法線方向速度成分は、シミュレーションの過程で運
動方程式を解く、境界条件を課すことも行われます。この方法は、固定した静圧力という強い拘束条件が働くため、仮想境界面
で流入出が生じても発散的にこの法線方向速度を増大させることができないため、シミュレーションをより安定的に解くことが
可能になり、良く用いられます。また、静圧力は、実際の流れ場でも良く測定されており、人為的な仮想面でもその静圧力を、
ほぼほぼ、物理的に大きな矛盾なく与えることは容易と考えられています。ただ、繰り返しになりますが、このような仮想境界
面で静圧力を一様に同じ値を与えることは、境界条件の大きなモデリングであり、慎重を期すのであれば、その妥当性はシミュ
レーションにより、異なる境界条件を与えて感度を検証することが必要です。
閉鎖空間内の流れでは、流入、流出面に境界条件を与えることが必要になります。流入面の境界条件を与える際に、よく見か
けますが、流入速度を一定値とし、境界面に一様に与えることが行われます。しかしこれは、流入面の端部で速度が一定値から
ゼロに非連続に変わることを意味し、無限大の速度勾配を与えることを意味します。物理的にはあり得ない境界条件です。流入
面だけならまだしも、流出面でも同様の境界条件が与えられることがあります。多くのシミュレーションプログラムは、このよ
うな物理的にあり得ない境界条件を与えられても、前述した理由で、もっともらしい流れ場を再現します。しかし、シミュレー
ションを実行される方は、物理的にあり得ない条件を課していることを忘れてはいけません。