1999年に「マトリックス(The Matrix)」というアメリカ映画が公開されました。前評判が高かったので日本公開の時、ロードショウで見ました。
少し後ですが3部作のDVDも買いました。シミュレーション関係者は必見ですね。もう20年もたったんですね。感慨深いです。LGBTのウォシャウスキ
ー(Wachowski)兄弟(姉妹というべきでしょうか)の監督作品です。Matrixというと、数学の行列演算を思い出してしまい、映画がどう「行列」と関係
するのか、流体シミュレーションを家業としていた当時の私にはまったく題名が不可解でした。後年、映画の解説記事で、Matrixはラテン語の「母」
を意味するmaterから派生し、もちろん数学で使う「行列」も表しますが、「母体」、「基盤」、「何かを生み出す背景」などを意味し、映画ではコ
ンピュータの作り出すヴァーチャルワールド(仮想現実)をMatrixと呼ぶことにちなんでいるそうです。リアルワールド(現実世界)とヴァーチャルのど
ちらが「母なるmatrix」かと問われれば、私など現実世界がMatrixという気がしますが、映画のテーマである、ヴァーチャルとリアルが反転し、ヴァ
ーチャルがリアルを支配するという意味で、ヴァーチャルがMatrixと名付けられる合理性があるのでしょうか。
映画The Matrixは、筆者がBIM(Building Information Modeling)などでヴァーチャルな建物を建設し、その内部で生じる様々な事象、例えば建物に
風の流れや照明器具で照らし出された室内の様子をCFD(ComputationalFluidDynamics)や照明シミュレーションで再現する仮想現実で説明する際、
良く例として持ち出します。なにせMatrixの世界ではすべてヴァーチャルです。味覚もヴァーチャルです。食事をする際に感じる匂いや味、触感も
すべて、プログラムにより再現されるヴァーチャルなもので、これがリアルワールドでは、培養タンクの中に固定された人の脳に刺激として伝達さ
れ、脳からの動作情報でプログラムによりヴァーチャルに食事をするのです。映画TheMatrixは、ヴァーチャルを説明するのに、大変便利です。この
映画をどれほどの人が見ているか自信がありませんが、少なくとも、当時、若かった人や情報化社会への興味、あるいは逆に嫌悪を持っていた人の多
くは見ていたようなので、ヴァーチャルを説明するのに利用できます。閉鎖的な国で名の知れた北朝鮮の人々も見たかどうかは、さすがにわかりませ
ん。しかし、世界の情報入手に対して多少の制限のあるらしい、中国やベトナムの「今の大学生や、昔、大学生であった人々」に聞いても、「主演の
キアヌ・リーブスがカッコよくて何回も見に行った。」と言っていたので、ある程度、知られた映画ではないかと思います。最初のさわりだけ、お教
えします。キアヌ・リーブス演じるトーマス・アンダーソンは、「あなたが知覚しているこの世界は、コンピュータによって作られた仮想現実だ」と
告げらます。そして、このまま仮想現実で生きるか、現実世界で目覚めるかの選択を迫られ、現実の世界で目覚めることを選択します。コンピュータ
の反乱によって人間社会は崩壊しており、人間は培養槽のようなカプセルの中に閉じ込められ、コンピュータの動力源(人のエネルギー出力は小さく効
率も悪いので筆者としては納得できない設定ですが)として培養されおり、それぞれの人々は仮想現実の世界で生活し、その情報を脳で知覚し動作情報
を出力しているのです。
近年その普及が加速するといわれているIoT(InternetofThings)は、あらゆるリアルワールドでコンピュータなどの情報・通信機器だけでなく、世の中
に存在する様々な物体(モノ)が通信機能を持ち、自動認識や自動制御、遠隔計測などを行います。IoTは、リアルの世界での通信・情報処理技術の進化
です。ヴァーチャルの世界での通信・情報処理技術もリアルの世界同様に急速に進化しています。小説など言語で符号化された情報は、人の頭の中で再現
されるヴァーチャルな世界を形作り、人はこれを楽しみますが、また、符号化された言語データでは飽き足らず、古くから演劇や映画などリアルワールド
で再現され、視覚化されて鑑賞されるヴァーチャルワールドでした。現代や近未来では、コンピュータ利用の拡大で、まさしくリアルに比肩するようなヴ
ァーチャルも実現しそうな勢いです。BIMやCAE(Computer Aided Design)でヴァーチャルな建物や製品を設計、作成し、その中で生じる力の流れの力学解析
(Structuralanalysis)、や空気や水の流れの解析CFDを行い、人の行動が解析(AgentSimulation)されると、そろそろWachowski兄弟がMatrixの中で描いたヴ
ァーチャルワールドが手の届きそうなところまで来たのではないかと興奮してしまいます。映画の中でも言っていましたが、「食事をする、ワインをたしな
む、などなど」をヴァーチャルで再現するプログラムを書くなどは、とても楽しそうです。