流れの非圧縮性について第一夜に少し説明しました。
第三夜では、この非圧縮を考える際に考慮した圧力差による運動の変化について考えてみます。その前に、まず、力と運動の関係を考えてみましょう。
ニュートン力学では、物体は力が働かない限り、等速運動を続けるといいます。
慣性の法則です。これを流体にあてはめると、流れが方向を変えたり、加減速したりするのは、力が働いたためということになります。慣性の法則は、質量はあるが体積は無限に小さい質点や、力によって変形しない有限の体積を持つ物体すなわち剛体の重心の移動に関して、容易に観察することができます。
では物体が容易に変形し、決まった形を持たない流体に対しては、どのように考えればよいのでしょうか。一般に、よく用いられるモデリングは、流体は、たくさんの小さな流体の粒が集合したものです。言ってみれば、雨粒のような小さな粒子が集まって、水の流れを作っているというわけです。空気のようなガス体であれば、無数の小さなフウセンが集まって、空気の流れを作っていると考えるわけです。慣性の法則は、全宇宙の万物に適用できると信じられていますので、もちろん、水や空気の流れにも適用できるでしょうし、水を構成する無数の雨粒の集合や、空気を構成する微小なフウセンの集合にも適用できるでしょう。流れが方向を変えたり、加減速したりする際は、これら水や空気の流れを構成する雨粒やフウセンの集合も運動の方向を変えたり、加減速したりするわけです。ニュートンの法則によれば、運動の方向や速度が変化する現象、加速度が生じる現象は、力が働いた結果だとされます。
ではどのような力が働くのでしょうか。答えは、流体の圧力です。圧力が場所によって異なるから、圧力差による力が働き、流れの方向が変わり、流れの速度が加減速するわけです。
ここで質問です。曲がったパイプの中の水の流れや、曲がったダクトの中の空気の流れは、流れの方向が変わります。一体、どのような力が働いて流れが方向を変えたか、説明ができますか?
筆者の経験では、建築系の大学を卒業して大学院の修士課程の初学年の学生で、この質問を十分に説明できた学生はほとんどいません。多分、高校の物理の授業でニュートン力学を学んで、大学入試のころまでは覚えていても、その後の忙しい大学生活で忘れてしまうのでしょうか。この質問に答えるには、エネルギー保存則を覚えていると便利です。流体のエネルギー保存則は、ベルヌーイの定理として知られていますが、運動圧と静圧の和である全圧は、運動エネルギーが熱エネルギーに変換されるなどの不可逆的な変換が生じない限り、保存されるというものです。このエネルギー保存則自身は、ニュートンの3つの運動法則から導かれるので、元になる原理は、ニュートンの運動法則です。流体の粒が運動の方向を変えるのは、運動の前方の圧力が高くなっており、後方との圧力差により減速すること、運動の横方向の圧力が前方の圧力より低ければ、その横方向に加速されて横方向に運動の方向を変えるわけです。
建物の外の風が、複雑に渦巻いて流れの方向を変える現象も、室内の気流の流れが循環流を形成して複雑に流れるのも、すべて対応する流体の圧力場の分布が引き起こしていると考えて間違いありません。ただ厳密にいえば、卵と鶏のどちらが先かという因果の議論は成立しません。流体の流れが圧力場を決めているのか、圧力場が流体の流れを規定しているのかという因果ははっきりしません。両者が相まって流れと圧力を決めています。
ただ、世の中には、「完全流体!!」という流れの解析理論があります。これは、流体に剪断力が働かない(剪断変形による応力発生がない)というようにモデル化された流れの解析理論です。この流れ場は、質量保存則(連続の式と業界用語では言います)と流れを拘束する境界の形だけで流れの様相が決まり、この流れ場から圧力が結果として算出されます。
多くの流体シミュレーションにおいて、圧力場を正しく解析することは、流れ場(流れの方向や流速の変化)を正しく解析することの基礎になります。多くの流れ場解析では、質量保存則を正しく満たしているか否かは、圧力場を正しく満たしているか否かのバロメーターとなります。このことは、後ほどお話しする機会があると思います。質量保存則を不十分にしか満たさない流れのシミュレーションは、圧力場も不十分にしか解けておらず、流れ場(流れの方向や流速の変化)も正しく解けません。