エラリー・クイーンが1932年に発表した「Yの悲劇」(もちろん邦訳版です)を初めて、読んだ日の衝撃は忘れられません。トラウマとは言いませんが、筆者を取り巻く世間というものに対する心象形成に少なからずの影響を与えました。
半世紀以上前になりますが、筆者は小学時代には、学習研究社(学研)の発刊していた「科学」と「学習」を愛読していました。その続きとして、中学入学以後は、旺文社の「中一時代」~「高二時代」という学習雑誌を毎月、購読していました。このような学習雑誌は、学習に関係する話題だけでなく、様々な読みものを、子供向け、少年向けに編集しなおして掲載していました。子供向けの冒険物語や探偵小説もよく、掲載されていました。その関係で、筆者もモーリス・ルブランやコナン・ドイルを知り、「奇岩城」や「水晶の栓」また、「バスカヴィル家の犬」や「緋色の研究」を知り、中高時代から文庫本を読む習慣がつきました。アガサ・クリスティやエアラリー・クイーンを知ったのも「学研」と「旺文社」のお陰でしょう。デューセンバーグという車をご存知ですか?エラリー・クイーンの国名シリーズの中で、お金持ちのお嬢様がこの車に乗って乱暴に運転するシーンが、何回も出てきます。その記述から子供心に、将来、デューセンバーグを手に入れてみたいと強く、憧れたものです。現在、デューセンバーグはヴィンテージカーの象徴で、コレクターは1億円以上の値を付けるそうです。冒険ものでは、アレクサンドル・デュマ・ペールの「三銃士」や「モンテ・クリスト伯」(少年向けには「巌窟王」というタイトルでした)などを知り、愛読するようになりました。学習雑誌は、子供向けのため、要約されていますし、男女の機微の描写は子供向け故、省略されています。中高の思春期になると、角川文庫や新潮文庫、創元推理文庫やハヤカワ・ミステリ文庫で本格的な翻訳本を読みました。デュマの作品からは、いろいろ男女の機微を学びましたが、今から考えれば、デュマの身勝手なイメージに大きく影響されてしまった気がしています。
「Yの悲劇」は、高二の秋、休日に一日かけて読んだと思います。朝から読み始めて、夢中になり、夕日で赤味を帯びた暗い部屋で、その驚くべき結末に興奮したことを覚えています。悲劇のバックグラウンドとして「梅毒」が流れます。もちろんバックグラウンドが明かされるのは後半で、最初は明かされず、得体のしれない不気味さだけが描写されています。まだお読みになっていない方にはネタバレで申し訳ありません。「梅毒」という感染症やその感染原因は、少年ながらおよそ知っていました。ただ、それは知識として知っているだけでした。小説の中で、その不気味さを嫌というほど実感し、さらには「先天性梅毒」の因果に強い恐怖を感じました。「Yの悲劇」の衝撃は、筆者の行動様式に大きな影響を与え、無意識にそうした感染機会に遭遇しないようにさせているのではないかとさえ、思います。全国の初心な中高生には「Yの悲劇」を必須として読ませ、道徳的に啓蒙することが良いかもしれないと思ったりもしました。「Yの悲劇」は、日本の推理小説界では人気が突出して高いそうです。名作として、世界の推理小説中で定番の1位作品と長らく評価されたそうです。現在は、かつてのような不動の1位ではないようですが・・・、ただ、海外での評価はそれほど高くはないようです。原作より、日本語訳が、良い出来だったということかもしれません。
話は、飛びますが、学研や旺文社のおかげで推理諸説好きにさせられた筆者は、大学初年次、早速、新たな級友と、推理小説、探偵小説の話をしました。その際、わが級友は、日本語訳ではなく、原書で読むと宣いました。当時、筆者はハードボイルドなどあまり縁がありませんでしたが、その御仁はレイモンド・チャンドラーやロス・マクドナルド、エド・マクベインなど、すべて原書で読み、描かれた人間関係の機微を触れるには原文しかないと、宣いました。筆者も、デュマの描く能天気な男女関係より、チャンドラーの描く渋い男女関係に、ちょっぴり大人を感じたものです。ただ、正直、原書は、大学受験で勉強した語彙とは大きく違っており、読むには字引が手放せず、苦労が先立ち、あまり楽しめなかった気がします。そういうわけで、日本語訳で興奮した「Yの悲劇」も原書で再読しないといけないと思いましたが、いまだ果たしておりません。
最近は、国際化により、海外の人々と話す機会が多くなってきています。こうした折、話題に詰まった時は、子供のころ読んだ小説や童話のことを話題にすると盛り上がることがあります。たいてい、海外の人は、自国の小説を外人が良く知っているなどとは予想しておらず、そうした小説を話題にすると、とても喜んで、打ち解けてくれます。今は、活字の時代というよりは映像の時代ですから、筆者の経験は古く、映画やゲームの話の方が良いのかもしれません。でも、英米人の知り合いと話をする機会があったら、日本ではエラリー・クイーンの「Yの悲劇」が推理小説として有名なことをお話してみてください。ハッタ―家を襲った悲劇、特異なハッタ―夫人、自殺した善良な夫、家族を襲う不気味な影について話をしてみてください。喜んでくれるかもしれません。
「Yの悲劇」は、「Xの悲劇」、「Zの悲劇」、「ドルリー・レーン最後の事件」の4部作の一つですが、「Xの悲劇」は、まあまあですが、「Zの悲劇」、「ドルリー・レーン最後の事件」は、駄作と思います。暇だったら読んでみても良いかもしれません。この4部作をまだお読みでない方は、だまされたと思って、読んでみるのも良いと思います。ただ、順番がありますので、X,Y,Xと進み、最後に「ドルリー・レーン最後の事件」をお読みください。シリーズ物は、1作目、2作目までで、それ以降は作者の創造力も尽きてしまって駄作になるということが実感されます。
「Yの悲劇」のバックグラウンドとして流れる「梅毒」は、病原菌が原因の感染症です。昨今、世界を悩ませている「COVID-19」も感染症です。「COVID-19」は、結構な頻度で「後遺症」が出るそうです。真偽は、不明ですが、若い男性が「COVID-19」に感染すると、後遺症で「無精子症」になり、不妊の原因のなるとも言います。接触感染することも同様です。ただ、「梅毒」は呼吸器系の疾病ではないようで、飛沫感染することはないようです。男性には恐ろしい病です。CFD(流れの数値解析)にもバックグラウンドとして流れる「梅毒」があります。偽拡散的効果を持ち数値シミュレーションを安定的に実行することを可能にする麻薬のような偶数階の打切り誤差です。空間解像が不十分ですと、この偽拡散効果でもっともらしい流れ場が得られます。このCFDの「梅毒」ともいうべき偽拡散効果は、空間解像の異なる同じ計算で評価できます。目に見える形で、偽拡散効果を見ることができます。CFDの「梅毒」の悲劇を避ける、最も簡単で有用な方法です。