平等という概念の実現は難しいです。人々の能力にはバラツキがあり、機会均等の平等が与えられても、結果平等には結び付かないことがほとんどです。結果平等は、古代の原始共産社会には存在していたそうです。その痕跡は現代でも文明から遠く離れた未開地域で蓄えのない採取狩猟生活社会に残っているという報告があります。そこでは、得られた食物は必ずその集団の中で老若男女の区別もなく、また食物を得た貢献度にも関わりなく、均等に分け合うといいます。しかし、農耕などにより、食料生産に余裕が生じるようになると、蓄財できる者とできない者へと結果平等が崩れていくようです。もう一世代前の出来事になりますが、1990年代のいくつかの共産主義国家の崩壊は、財を蓄積することができる現代社会では、結果平等主義の達成がいかに難しいかを示しているようにも思われます。
平等主義は、その性格上、常に階級や差別や格差・差異・区別の存在が前提になるといいます。こうした不条理に対する「反発」や「負い目」(例えば士は常に農の上に立つ)が、平等主義を生み出し、これを成立させると言われています。古来より、人間社会における普遍的な社会道徳・社会規範として、「他人からしてもらいたい行為を、人に対してせよ」という相互主義的な倫理学的言明があります。逆に言えば、「自分にしてほしくないことは、人に対してしない」という考えです。平等主義はこれが敷衍化したものとも考えられるようです。この考えには、「同じ人間だ」、人に対して絶対的・根源的な差異や区別を設けることは困難であり、人の能力差はたかが知れたもので極めて小さいという認識があります。
良く、「努力すれば報われる」、という言葉を聞きます。これでは不十分ということで、「報われるまで努力する」という立派な人もいるようです。「報われる」人がいるということは、報われない人もいることが前提でしょう。結果平等は求めない、機会均等の平等主義に基づいた発想法なのだと思います。しかし、「報われるまで努力しなかった」としても、ある程度の結果は保証してくれる優しい社会が好きです。目の前で、「報われない人々」の悲惨な姿を見せつけられたら寂しいでしょう。機会均等を保証したが故、「報われない人々」は自己責任として、切り捨ててしまう冷たい社会は、効率的かもしれませんが、背筋の凍る社会です。平等主義の起源となる「自分にしてほしくないことは、人に対してしない」や「自分にしてほしくないことは、人に対してしない」という倫理的言明には反するように思えます。
さて、話を変えて、人間社会ではなく、流体現象に関して、この結果平等がいかに難しいことかを思い知らされたエピソードを皆様にご紹介しましょう。対象となる流れは、格子背後乱流や、多孔版面からの吹き出し噴流です。格子背後乱流は、乱流理論で比較的理論的な扱いができるので、実験的にも理論的にも良く検討されています。乱流混合で大きな役割を果たす、乱れの積分長さスケールを実験的に測定することを度々、行いました。格子背後乱流での縦相関係数や横相関係数を測定して、その積分長さスケールを求める際の基本的な実験です。格子は均等に配置するので、格子背後の流れは、流れの法線面内で乱れも平均流速も均等であることが期待されます。しかし、筆者の場合、どんなに慎重に実験しても、この平均流が法線断面内で格子スケールより大きなスケールで偏りが出てしまいました。どんなに慎重に格子を設置しても、格子間隔に対応した規則正しい後流の流速分布を示してくれないのです。皆様の中でこのような経験をお持ちの方はいらっしゃいますか?
何度、試行しても偏りのある平均流しか得られないので、実験が嫌いになってしまいましたが、上司の先生もいることですし、我慢して実験を続けるしかありませんでした。同じ経験をした人はいないかと思い、文献を色々、探してみました。評価の高い流体力学専門誌では、そのような実験精度に疑いを感じさせる偏りのある流れ現象を扱った論文など、見つけることはできませんでした。唯一、筆者が見つけたのは自動車技術協会誌の中で、私と同じように、平均風速分の偏りを論じた論文、1件でした。均等、平等な格子間を通過した流れが格子間隔よりはるかに大きなスケールで平均風速分布に偏り、不平等が生じてしまうのです。まさに機会均等の平等を与えても、結果平等が実現されません。
別の機会に床全面吹出、天井全面吸込みの室内気流の実験を行ったことがあります。床下、天井には多孔板やメッシュを開口とするプレナムチャンバーを設置し、そのチャンバーに吸気もしくは排気するものです。プレナムチャンバーに接続するダクトの開口はチャンバーに比べて小さいのでチャンバー内の流れは均一にならず、流速分布ができます。流速分布に対応して圧力分布も生じます。室内模型内に均一に吹出し、室内から均一に排気するためには、床面のプレナムチャンバーと室内との開口部に大きな圧力損失を生じる面材を配して、チャンバー側と室内側の圧力差が、吹出面や排気面でほぼ一様になるようにするのが常道です。面材として、金属メッシュや多孔板を使いました。しかし、どのような面材を用いても、面風速を測定すると均一になりません。排気口での排気流量の均一性は満足します。面材を通過した後に面風速は所々で大きな偏りが生じるのです。カオスにもつながる流れの非線形性、故です。ただカオス程には混沌には至りません。この経験は筆者の人を変えました。CFD解析を行う人が、流入面で均一な面風速を、考えなく与えるのを見ると、この人は、実現象を知らない人だ、と思ってしまいます。意識して均一な流れを、境界条件のモデリングとして与えるのだと、自覚してください。
どうして、このような後流でこうした現象が起こるかは、比較的簡単に説明できます。2つの軸対称ジェットを近づけると、両者はマージして一つのジェットになります。非線形な現象です。ジェットのせん断による乱流混合の作用でマージします。この時、ジェットが多数あると、マージの仕方が均一でなくなります。多くをマージした強いジェットや、強いジェットからは独立した孤高のジェットなどがその時の状況で出来てしまうのです。強くなる、あるいは孤高を保つは、わずかな違い、境界条件の擾乱が決めるのだと思います。不確定要素をできるだけ排除して行う実験でさえ、コントロールできませんので、実現象だってコントロールされることなどあり得ないと思っています。
非線形現象の流れは、人間社会と同じで機会均等な平等を実現してやっても、結果平等が達成できないことがあります。