20世紀の欧米や日本の急速な発展は、道路網や電力や水道、下水などの社会インフラの整備に裏づけられています。21世紀を迎えて、日本も含めこのような社会インフラの老朽化が大きな問題になっています。米国やヨーロッパでは、橋の老朽化がよく話題になっています。橋が老朽化により崩落し、列車や自動車が転落して、多くの人がなくなったというニュースが、時折、流れてきます。日本でも、橋やトンネルの老朽化は、欧米ほど事故による死傷者のニュースは聞きませんが、深刻な問題となっているようです。トンネルの老朽化では、新幹線のトンネルで、コンクリートの塊が剥離・脱落して転がっていたとか、トンネルの天井が、崩落して、死傷者が出たというニュースを耳にしました。2012年に生じた中央自動車道笹子トンネル上り車線での天井板落下事故も記憶に残るところです。筆者も度々ここを通りますが、通る度、事故を思いだします。この事故は老朽化と点検ミス(無点検でした)が主な原因とされましたが、重量のある天井板をトンネル上部から引き抜き方向に荷重がかかるにもかかわらず、ケミカルアンカーで支えるという設計上、施工品質上、必ずしも十分な検討がなされなかったことも問題でした。ケミカルアンカーは、コンクリートドリルで穿った孔に鋼製アンカーボルトを接着剤で固定します。したがって、接着面の処理、すなわちアンカー孔の清掃が重要で、不十分であれば引き抜き耐力が低下します。機械的な摩擦力を利用するホールインアンカーは、このような施工上の品質脆弱性が少ないので、比較的、信頼性の高い工法になります。天井板の設置にホールインアンカーが用いられていれば、事故は防止できた可能性もあるかもしれません。交通網の老朽化により事故が起これば、死傷者もでるという社会的にも重要な問題ですが、ここでは、事故が生じても死傷者が出ることはあまり考えられませんが、同じく社会的に重要な問題となり、「流れ」に関係の深い水道の老朽化を考えてみます。
現代の日本の水道施設は、全国的に「老朽化」という問題を抱えています。大都市圏の水道は、明治、大正、昭和と戦前から整備されてきました。一般に、浄水場における電気,機械設備の耐用年数は 15~20 年、管路施設では 40 年と言われています。古くから水道が整備されて都市部ですでに管路施設も耐用年数を超え、更新が進められていますが、遅れ気味です。また、地方の水道施設は、その多くが高度経済成長期前後に整備されたものも多く、その多くが更新時期を迎えているそうです。耐用年数を超えた管路施設は、老朽化による漏水事故を起こします。日本の例ではありませんが、浄水施設から送水される上水の半分以上が、漏水により失われている例もあると言われています。こうなると、上水の管路システムにおける上水の輸送も、通常の人が考える輸送中の輸送物のロスは生じないと期待に応えるものではなさそうです。
上水の浄水場から需要家への輸送ルートは一つだけでしょうか。輸送路がツリー(樹)状になっており、浄水場にあたる根っこ部分から輸送路にあたる、樹幹や枝を介して需要家に繋がっている場合は、輸送ルートは一つに特定されてしまいます。このように輸送路(伝送路)が一つに特定されるシステムにアナログ電話があります。これも、街の電話局の電話交換機からから各電話ユーザーの電話につながる伝送路は、一本だけです。しかも電話回線ルートは伝送ルートが特定されるだけでなく、もっと徹底されており、樹幹の伝送ルートに対応する電柱につながれた一本に見える電話ケーブルの中にはユーザー別に独立した電話ケーブルが多数まとめられており、他の電話ユーザーの伝送路と混線することはありません。アナログ電話での会話などを盗聴しようとすれば、伝送路端部の電話交換機か電話ユーザーの個別の電話に盗聴器を仕掛けてアクセスするのが効率的となり、昔の劇映画で見る見る電話盗聴はたいていこの方法によっています。これに対して、現代のデジタル電話、主要な伝送路は一本の光ケーブルに共通化されていており秘話性は物理的には保証されていません。情報は発送元と配達先を記載されたパッケージに分割され、共通の伝送路もしくはルータで指定された特定の伝送路を経由して伝送されます。共通の伝送路をモニターすれば、容易に情報パッケージを盗聴もしくは改変することも可能になります。情報の改変は論外ですが、盗聴されても伝送内容の秘話性が保証される様、情報の暗号化は、基本中の基本となっています。上水の輸送ルートは、アナログ電話で見られる情報の秘匿性に対応する輸送路の独立性の必要は全くなく、水の品質が同じように保証されていれば、輸送ルートのどこから配水を受けても、同じ品質の水が得られることから輸送ルートの共通化には、全く問題はありません。水道管は道路に埋設されており、道路網と同様に水道管路網を形成しており、この水道管路網のどこからでも配水を受けることができます。水道ユーザーから見れば、浄水場から水道栓に届く上水は、複数の輸送ルートを経由しており、どの経路を経由して届いた上水かを特定することは難しいのが一般的です。もちろん、浄水場から遠く離れており、複数の管路施設を敷設することが難しい場合は、一本の輸送路しかなく、複数の輸送ルートを持たせるような冗長性の確保ができない場合もあるかと思います。
上水の浄水場から需要家への水道管路網による輸送ルートに関し、複数の独立した輸送ルートを確保できる冗長性は、老朽化による漏水事故に対応することを容易にします。複数の独立した輸送ルートが確保されていれば、断水など、上水供給の一時的中断をすることなく、老朽化した管路施設の一部更新が可能になります。話が飛びますが、現代生活でなくてはならないインフラとなったインターネットは、開発当初は軍隊の情報システムとして開発されており、情報伝達経路の冗長性を極限まで高め、伝達網にどのような事故が生じても確実に情報が発信元から伝達先に到達できるよう設計されていることはよく知られていると思います。インターネットほどの冗長度は備えていませんが、現代の送電施設などのエネルギー供給システムや上水や都市ガスの配送システムの多くは、複数の独立した輸送経路が確保できるような冗長性を備えています。しかし、このような配送網を備えても、配送網から最終需要家に配送する最後の経路が一つしかなければ、配送網から最終需要家までの総経路に対する冗長性は不完全で、最後の経路で事故が起これば、供給できなくなります。こうしたことから、配送網からの最終経路も複数経路として最終需要家に配送するシステムも用いられます。大病院や地方自治体の省庁などの重要公共施設では、受電の安定性が極めて重要なため、配送網から複数の独立した受電経路を確保できるように設計されている筈です。東京電力の福島原発も、万が一の事故に備え、3回線の独立した受電経路が用意されており、たとえ、原発の発電能力が失われても、3回線もの独立した受電経路で安定的に受電し、原子炉冷却設備等の継続的な稼働が可能となるように設計されていたと聞いております。しかし、地震と津波により、一時にこの3回線の受電経路すべてと、一か所にまとめた受電設備が被災して、機能を失い、大きな原子力事故を起こしました。折角の複数の受電経路も受電設備を分散させなかったことも大地震と大津波への備えとしては不十分であったということです。
話を戻します。このような配送網(回路網)における配送量を解析する手法を回路網シミュレーションと呼んでいます。配送網は、結節点と結節点を結ぶ配送路(伝送路)で構成されます。結節点では、他の結節点から配送路がつながり、結節点での配送物量(配送物のストック)がゼロであれば、いくつかの配送路を経て到着した配送物は、その他の配送路を通じて、発送されます。結節点では、配送物の保存則(結節点への到着配送物と発送される配送物量が同じ)が成立し、結節点を結ぶ配送路間では、結節点間のエネルギーポテンシャル差に対応したエネルギーが消費されて配送物が輸送されます。一般に配送路間で消費されるエネルギー量は、配送量の大小と配送路間の単位配送量に対するエネルギー消費の大小に対応するので、配送路の単位配送量に対するエネルギー消費量と特定の結節点でのエネルギーポテンシャルが与えられますと、そのエネルギーポテンシャル差で駆動される配送網における各結節点でのエネルギーポテンシャルと各配送路間における配送量の大小と配送方向が定まります。結節点でのエネルギーポテンシャルが決まれば各配送路の伝送量が決まりますので、回路網シミュレーションでは、このエネルギーポテンシャルを未知数として、連立多元方程式を解く問題に帰着して解析することが一般的かと思います。
回路網シミュレーションは、比較的単純な手法です。複雑な回路網であっても、各結節点でのエネルギーポテンシャル(電気回路であれば電圧、流体の管路であれば、静圧と動圧の和である全圧を対応させることが多い)と配送量(電気回路であれば電流、流体管路であれば、流量が対応)を、連立多元方程式の解を求めるだけの、便利な解析ツールとなっています。
上水供給のための管路網で上水がどのように管路網内を配送されて、浄水場から需要家に上水が供給されるか、建物の中で、ダクトや通路などの通気網を介して、どのように換気が行われ、建物内の汚染物質が排出されているかは、もちろん、CFD(流体シミュレーション)により流れの詳細を解析して、検討することも可能かもしれません。しかし、このような回路網シミュレーションで、その全体性状を効率よく、解析し、その概要を把握することも有効と考えられます。