第五夜 隣との差により自分が決まる

 流れのシミュレーションは、支配する方程式である運動方程式と、連続式を数値的に解きます。運動方程式も連続式もいわゆる微分方程式といわれるものです。

 微分方程式と聞いただけで、高校時代の数学の授業の悪夢を思い出される方もいらっしゃるかも知れません。高校の数学で主に学習するのは、微分や積分の原理 で、微分方程式自体を学ぶわけではないので、あるいは、微分方程式などという言葉を聞かれたことがない人も多いかもしれません。それどころか、三角関数や対 数などといった関数も、高校の数学で学習されたことも覚えておられない方も多いと思います。日常生活で使う数学(算数)など、四則演算、加減乗除だけで十分で、 それ以上の知識を、日常的に使うことはあまりないのかもしれないと思います。

 流れの実験を行って、実験的に流れの性質を調べる場合も、実験値の統計的安定から測定精度を検証する統計学を使うことがあっても、微分方程式は出てきません。 使わないものは、忘れます。いくら技術系もしくは理学系だからと言っても、使わない数学を覚えていることは難しいでしょう。

 最近、PCやスマホの日本語入力を使うことが多く、手書きで文章を書くこともほとんどなくなりました。皆さんも、同じではないかと思います。いくら手書きの文章 は、書いた人の心がこもっているからと言われても、自分の名前や住所以外の文字を書くことはほとんどないのではないかと思います。そのお陰で、私の場合、漢字が 全く書けなくなりました。「札幌」や「新潟」などの地名の漢字に自信を持てません。スマホで「サッポロ」、「ニイガタ」を漢字変換して確かめながら書く始末です。 皆さんはスマホや辞書を見ないで、手で書けますか?私など、小学一年生の時、平仮名を覚えるのが苦手で、なかなか書けるようにならなかった「み」、「め」や「ぬ」 、「ね」などといった平仮名が時々、手書きできなくなって、小学1年の時に味わったあの悪夢が襲ってきます。

 いくら、流れのシミュレーションが業務の一部だといわれても、微分方程式を見て、それが理解できる?見るのもいやになって眠くなるのも、当たり前かもしれません。 当たり前です!!心配いりません。流れの解析の専門家といわれる人の多くも、大学で学習したときは覚えているかもしれませんが、しばらくたてば忘れてしまいます。 教科書を見ない限り、なかなか、思い出せません。

 微分方程式という言葉をあまり聞かない皆さんは、画像圧縮という言葉はお聞きになりますか?デジタルカメラの普及でフィルムカメラが駆逐されてしまいました。 今、スマホカメラの普及で、デジタルカメラも駆逐されてしまいました。ビデオカメラの撮影再生もスマホのカメラにとって代わり、もう再生することもないビデオ カセットテープが捨てられず困っています。この変化、わずか数十年、三十年もたっていないですよね。ビデオカメラ、家庭用でも十万円以上しましたよね。この変化、 キーワードは「デジタル」で、「アナログ」とは比較にならないほどの鮮明な画像と音声ですが、圧縮技術を使わないと、データ量は莫大になってしまいます。ついで に言うと、音楽用のCDは、データ圧縮がされていない生のデータが記録されています。CD1枚650メガバイト、今はCDを購入する人もいますが、同じ音質が10倍以上に圧 縮され、インターネット配信されています。音声圧縮も画像圧縮も原理は似ていて、同じ符号が続くなら同じ符号を埋め続けるのではなく、同じ符号が何個続くとして、 データの圧縮を図ります。ビデオ画像など、動画のデータ圧縮は、TV放送や、動画のインターネット配信で、極めて重要になりますが、この基本は、1秒間30フレーム (色んなフレームレートがあります)の各フレームの画像において、変化したところだけを抜き出し、この変化量(差分)を次のフレームのデータとすることにより、データ を圧縮します。圧縮されたビデオデータの再生は、最初のフレームから次のフレームはこの記録された差分を基に再生します。こうした圧縮方式により、動画像データは 数十倍から数百倍にデータ圧縮されるといいます。よく、爬虫類など、脳の情報処理能力のない動物は、動きがない限り、その存在を認識しないと言いますが、これも、 脳が視覚画像の差分処理をして、獲物や敵を認識するということなのでしょう。

 微分は、この動画の差分圧縮と似ています。境界の条件が、最初の画像フレームに対応していて、微分方程式で表される微分量が、隣のフレームとの差を表す差分に なっており、隣のフレームに差分の分だけ加えると、自分のフレームが完成する次第です。一種の積分です。こうした考えは、ニュートンやライプニッツが発見(考案) した微分、積分の基礎になっています。流れの微分方程式は、見慣れない数学記号で記載されますが、これが表していることは、自分の領域と四方上下のお隣の領域の 変化量に対して、運動量保存と質量保存という保存則に基づいてこれら変化量の関係を数学的に記述したものです。微分方程式の数値解法は、圧縮された動画の復元と同じで、 四方上下のお隣同士のとの変化量の関係を解いて、境界から順にこのお隣同士の差分から自分の値を復元する作業、すなわち微分法方程式を数値的に積分して解を求める 作業に対応します。何となくでも、分かった気になっていただけますと嬉しいです。