2020年のお正月あたりから始まった世界的な新型コロナウイルス感染症の流行で、日常の生活や仕事の仕方が大きく変わったように思えます。仕事の仕方で変わった点を一つ上げるなら、オンライン会議システムの活用が挙げられそうです。新型コロナウイルス感染症の流行以前もオンラインの会議システムは存在していましたし、利用されていました。最初はインターネットを利用する電話システムで映像も同時に送れるようになったシステムから始まったような気がします。米欧などでは、このようなオンライン会議、電話会議が日本に比べ良く活用されていた印象です。筆者自身も、こうした海外の方々と打ち合わせをする際は、オンライン会議を利用しました。ただ、日本に住んでいて、欧米とは時差も大きい筆者などは、ほとんどの会議が深夜から早朝にセットされるため、往生したものです。
これに反して日本では、やはり国土が適度に小さく、旅費も適度に割安ということもあって、リアルに顔を合わせる会議が殆どであったように思えます。出張しての打ち合わせは、打ち合わせ自身が目的ではありますが、打ち合わせのための出張の旅が楽しみになっていた気がします。出張や街に出かける必要のない、職場内の会議も、顔を合わせる会議が殆どだったと思います。顔を合わせる会議では、会議の前後に、会議目的とはなっていないうわさ話や愚痴や悩み事相談の機会にもなります。言語コミュニケーション以上に非言語的コミュニケーションを交わす機会ともなって、コミュニケーション相手への信頼感を醸成することや、信頼感と真逆に警戒感をつのらせるよい機会になった気がします。企業などの組織では、遠隔地を結ぶテレビ会議システムを備えるところも多かったと思います。筆者が所属していた組織や、訪問した組織には、そうしたシステムを備えた立派な部屋が用意されていたことを思い出します。しかしこの立派なテレビ会議システムは、活用した組織も少なからずあったとは思いますが、筆者が観察した範囲では、リアルに顔を合わせる会議が優先されて、宝の持ち腐れ的存在であったことも多いような気がします。新型コロナウイルス感染症の流行前には、高速のインターネット回線の普及もあって、高価なテレビ会議システムと同様の使い勝手をPCベースで実現する、現在よく使われているオンライン会議システムも、すでに提供されていました。しかしながら、その活用は、筆者が体験した限り、一部にとどまり、多くの組織では、顔をリアルに合わせる旧来の会議が多用されていたように思います。
しかし、新型コロナウイルス感染症の流行は、これを劇的に変えました。何しろ政府が、会社や大学への出勤を控えるように呼びかけ、混雑する交通機関の利用を避けるよう奨励しましたから。在宅勤務が奨励されたことにより、リアルには顔を合わせないオンライン会議は、圧倒的な支持を得たようです。少し使ってみるとその便利は、今まで想像もしなかったものです。まず会議や打ち合わせの頻度を飛躍的に向上させることが可能になりました。会議のために外出や離席する必要がなくなり、会議間のロスタイムを大幅に削減することが可能になりました。一日数回しかできなかった打合せが、倍どころか数倍行えるようになった気がします。この効率の良さを実体験してしまうと、もう元のリアルに顔を合わせる会議を利用しようという気力が削げてしまいます。筆者だけではないと思いますが、同時刻に2つの会議に出席することもオンライン会議システムでは可能です。リアルで会議打合せのスケジュール調整に苦労したことがありましたが、オンラインの活用で、スケジュール調整も楽になり、うっかりミスでのダブルブッキングの会議、打ち合わせも、何とか相手先にバレずに、凌ぐことさえできてしまいました。新型コロナウイルス感染症の流行は、飲食店の皆様には恐縮ですが、これを理由に、勤務後の付き合いの削減にも貢献した気がします。勤務後の付き合いもなくなり、自分の為や家族のために時間を自由に使うことも可能になりました。新型コロナウイルス感染症の流行は、社会に不可逆的な影響を与えたものと実感しています。
新型コロナウイルス感染症は、どうやら、麻疹や風疹と同様に空気感染(飛沫核感染もしくはエアロゾル感染とも称されます)するらしく、感染予防に換気が強く奨励されました。感染症対策の換気といっても、新たに機械換気設備を建物に新設しろとは言われません。窓開けによる自然換気が強く推奨されて、学校や飲食店、電車やバスなどの公共交通機関では、冷房や暖房で普段なら窓を閉める場合でも窓開け換気が行われています。このどちらかというと原始的な対策もいつまで続くのかしらといい加減、うんざりしてきます。空気感染防止が目的なら、わざわざ暖冷房時に窓開け換気などしなくても、空気清浄機を設置して欲しいものだと思ってしまいます。
脚光を浴びた窓開けによる自然換気ですが、その具体的な原理は案外、知られていない気もします。少し自然換気を考えていましょう。まずは確認したいこととして、換気は空気の流動によって生じるということです。空気は、力が働かない限り動きません。この力は、空気が動く時に生じる空気同士や空気と物体との間で生じる摩擦に対応する力になります。この力が働かないと、空気は、摩擦によるエネルギー消散で、最終的には静止してしまいます。換気を生じさせるには、力が働く必要があることを理解したうえで、次に考えなければならないことは、空気にも物質保存則が成立していて、空気が空中で湧き出してくることも消失することもないことです。窓から部屋に流入した空気は、部屋のどこかの開口から必ず流出している筈です。部屋の換気はこの空気の流入口と流出口を考えなくてはなりません。この流入出口があり、両者の間に空気を駆動する力が働いて、はじめて換気が生じます。地上は、大気の底です。従って常に大気圧に曝されています。換気の流入口と流出口にも大気圧が働いています。天気予報でよく聞く約1013hPa(hPa:ヘクトパスカル)です。この大気圧が、流入口と流出口とで微妙に異なって初めて、流入口から流出口までの流れが生じます。換気の際に働くこの圧力の差は、大気圧に比べると極めて微小で構いません。大きくても100Pa、すなわち1hPa程度です。大気圧の1/1000程度の圧力差で十分です。これより大きな圧力差が生じると、台風並みの風が部屋を駆け抜けることになります。また部屋には、この圧力差による大きな力が働くことになり、建物が破損してしまう恐れも生じます。
流入口と流出口に生じる圧力差は主に2つの原因により生じます。外から風によって生じる風圧力と、部屋と部屋外との温度の違いにより生じる密度差と重力によって生じる浮力です。空気の密度を1.2kg/?、常温時の熱膨張率を1/300として評価してみます。空気の密度は、水の1/1000程度、空気の熱膨張率は絶対温度の逆数程度という知識があると良いかもしれません。風圧力は空気の運動エネルギーに対応します。単位体積当たりの運動エネルギーは単位面積当たりの風圧力になります。J/?¬=Nm/?=N/㎡の関係です。4m/s程度の風で1?あたり、約10J/?の運動エネルギー、10N/㎡=10Paの風圧力になります。1Nは約0.1kgfですので、風の動きによる風圧力は1kgf/㎡生じることになります。すなわち1㎡の面積に水が1kg、水かさで測ると1mmたまった状態での重量に対応します。昔は、この水かさを圧力の単位にしており、10Paの圧力を1kgf/㎡や、1mmAq(ミリメールアクアと発音します)と表記していました。風圧力は運動エネルギーすなわち風速の二乗に比例しますので、8m/sの風の風圧力は4倍の4kgf/㎡なり、2m/sの風では、0.25kgf/㎡程度となるわけです。浮力は内外の温度差と流入出面の高さによって変わります。30℃程度の温度差があると密度差は30/300=1/10すなわち0.12kg/?になります。浮力はこの密度差と、この密度差が生じている空気が接する流入出口の高さの差に比例するわけですから、高さの差が2mで、0.24kgf/㎡、高さの差が33mで(煙突ですね)、4kgf/㎡になります。30℃の温度差、高さ2mの浮力と2m/sの風の風圧力が大体同じくらい、30℃の温度差、高さ33mの浮力と8m/sの風の風圧力が、大体同じくらいの力になっています。開口の面積や形状が決まり、流入口と流出口の両者間の圧力差が求まると、簡単な計算で、換気量が求まります。この換気量の計算の仕方は、多くの教科書に記載されています。日本であれば国土交通省の定める一級建築士資格の必須の必要知識でもありますので、多くの技術者の方がその計算式を勉強されたことと思います。
最近の建物の部屋の中で風上と風下の双方に窓などの開口があって、その開口を空気が通過する換気が取れるもの、これは大量の換気が可能になるもので換気というより通風と呼ばれることが多いように思えます。しかし現在の建築事情では戸建ての住宅などを除けば、このような理想的な換気が可能な部屋はあまり多くないように思います。多くの場合は、部屋に窓は一つしかなく、換気を期待する場合は、この窓から空気が流入し、流出することになります。出入りが一つの開口で行われるので、ひいき目に見てもこれを通風ということは憚られます。電車やバスの窓も、左右の複数の窓を開けることは可能で、換気の流入口と流出口を設けることが可能なような気がします。しかし、残念ながら多くの場合、左右の窓を開けてもこの左右に窓に働く風圧力はほぼ同じになることが多く、結果として両者の開口に働く圧力差はほとんどゼロになってしまい、通風を効率よく行われる駆動力にはなりにくい感触を持ちます。このような一開口での換気や複数開口があってもその間に、ほとんど風圧力差がない場合は、どのような原理で、換気や通風が生じるのでしょうか。答えは、圧力が時間的に一定ではなく、変動しているため、瞬間瞬間では、圧力差が生じていることにより生じる換気や、同じ開口面であっても、開口面の各所に働く圧力が同じではなく、圧力が相対的に高い場所と低い場所が生じることによります。こうした換気の換気量計算法は、残念ながら、教科書には記載されていません。一級建築士の資格試験でも聞かれることはありません。現実は、あるいは実務的には、このような換気が多いにもかかわらずです。機会を見て、この一開口換気について考えてみたいと思います。