建物には、大きく分けて、人の出入口と、光や外気を導入し、外のきれいな空気を導入し、室内の汚れた空気を排出する窓の2種類の開口があると言ってよいでしょう。近代以前、この建物開口は、使用する材料や構法によって建設時の難易が大きく異なり、形状もその影響を受けていました。単純化のしすぎで、正確性を欠きますが、引張りに対して十分な耐力を持つ材料が使えるか否かが、鍵でした。
引張は、曲げの耐力に係わります。ボール紙などを手につかんで、その上に何か物を載せると、ボール紙は、手で支えられていない部分は曲がります。曲がった部分をみると分かりますが、曲げの外側は伸ばされているので、引張耐力が求められ、内側は逆に圧縮されて、圧縮耐力が求められることが分かります。建築は、自身の重量により、鉛直方向に大きな力が働きます。柱がこれを支えます。壁も、柱が連続しているようなものであれば、柱同様に鉛直方向の荷重を支えます。石やレンガによる建物の壁は、自身の重量が大きく、この鉛直方向の荷重を自身で支えているわけです。このレンガや石造りの壁に、開口を設けようとすると、開口上部は、さらにその上部の壁の荷重を、梁のような水平の材を渡して、支えなければなりません。この水平の梁には、上部の壁の重量により、大きな曲げの力が働きます。この曲げに対する耐力(梁の下端に働く引張に対する耐力)が必要になります。
西洋では、気候などの条件もありますが、比較的早い時代に巨木を使い果たしてしまい、木材の腐朽や火災への対処などもあり、土や石などを多用して、建築されていました。石や土、あるいは土を固めて作ったレンガなどを積み上げた組積造は、引張に対して大きな耐力を期待することができません。建物は、柱により上からの荷重を支えますが、柱の間は、梁などの横材を通して荷重を支える必要があります。建物は、柱を一本一本、独立して上からの荷重を支えるよりは、柱を横材で連結することにより、頑丈な構造が可能になります。柱を水平方向に連結する梁は、建物の構造耐力上、重要になります。また、柱を梁などで連結して、構造物の荷重耐力を挙げようとすれば、曲げの力も柱に伝えて、柱にも曲げ(すなわち張力の)耐力が求められるようになります。ただ、一般に柱は上からの圧縮が強く働いているので、多少梁から曲げの力が加えられても、梁ほど大きな張力が働くことは避けられるかもしれません。いずれにせよ柱の間隔が大きくなると、梁などの横材は当然のことですが、曲げの力も大きく働きます。テコの原理で、距離が増えるほど、曲げの力(曲げモーメント)は大きくなります。単体の石は、圧縮力には優れていますが、引張り力にはそれほどの耐力はありません。単体の石の梁で大きな曲げの力に耐えるには、梁せい(梁の高さ)を大きくしなければならず、柱の太さの数倍にもしなければなりません。そうした背が高く重量のある石の梁を使うことができなければ、張力の耐力があり、曲げに強い木材による梁を使わざるを得なかったようです。また、柱梁の石造では、梁は柱の上に置くだけで、梁から柱に曲げを伝える構造とはせず、柱に大きな曲げが働くことはなかったようです。
石やレンガによる組積造では、壁に開口を設ける場合、開口上部をアーチ状にすると引張が働かず、石の梁などは使わずに支えることができます。ただし、アーチの脚部分は上部からの荷重により、脚が開く力が働くので、これを支える必要があります。このアーチの開脚防止には、様々な工夫があります。興味を持たれたなら、近世以前の西洋の教会建築などを参照されると面白いと思います。いずれにせよ石やレンガなどを用いる組積造では、横幅の広い開口を設けることは難しく、近代以前の西洋建築の窓開口や出入口開口は、横幅が狭く、その代わり背は高くなっています。
このような組積造などでは、張力に対抗することができないが故に、開口部の形状は大きく制約されていましたが、近代以降、張力に大きな耐力を持つ鉄を自由に使える環境をもたらした製鉄の普及により、打破されました。つまり、引張り強度の高い鉄材を自由に使用できることにより、開口の大きさや設置位置の制約がなくなりました。合わせて、外部の光を取り入れ、雨風の侵入は防ぐ、大判のガラス板の普及も、開口部の自由な設置に寄与していると言えるでしょう。近代の鉄とガラスの普及が、西洋社会の建築様式を大きく変えたと言われています。
一方、東洋の建築でも、レンガ造など組積づくり建物は、同じ原理が働きます。しかし、日本などの伝統建築では、木材資源が豊富なこともあり、木材の軸組み構造が古くから一般的でした。十分な曲げ耐力を期待できる木造建築は、上部からの荷重は、木の柱と梁で支えることができるので、建物の開口は、西洋建築に比べて極めて大きくできました。また、軸組構造では、木材の継ぎ手の工夫などにより、鉛直荷重だけでなく、地震時に生じる水平荷重などにもある程度、耐えうる構造も可能であったようです。古代の木造建築などは、壁がほとんどなく、開口だらけで、雨をしのぐ屋根だけの建物もあるようです。また、柱梁の間で雨風を防ぐための壁が必要であれば、塞ぐ必要なあるところのみ、木材を使うか、あるいは竹を編んで、その間に土をぬりつけた壁などを設け、比較的自由に大きな開口から小さな開口まで自由に設けることができました。日本などの伝統建築は、組積造が多く用いられた西洋建築と異なり、古代から自由に建物に開口を設け、これを利用していました。鉄やガラスの普及と使用が、建物開口の設置の束縛を解放した西洋の建物の伝統とは大きく異なるところです。
建物内の空気を外の空気と入れ替える換気に対する意識は、窓という換気に利用する開口の設置の難易が関係するように思われます。近代以前の西洋建築、石やレンガを積み上げる組積造の建物では、換気を促す窓のような開口を設けることが難しく、換気の悪い建物ができやすかったと言えるかもしれません。換気が悪い建物ができやすいがために、逆に換気に対する意識が高くなり、意識して換気を考える傾向が強くなった気がします。一方、日本などの木材の軸組構造による建物では、窓などの開口を設けることは比較的容易で、何も考えなくても換気が十分、もしくは過剰となる建物ができやすかったと言えるでしょう。換気不足が問題となるような建物などは作りようがなく、常に十分な換気量が確保され換気不足の弊害を経験することなく、逆に換気に対する意識も不十分なことが多かったと言えるかもしれません。暖房や冷房をする場合、過剰な換気は、暖房や冷房につかう熱エネルギーを余計に使うことになるので、1970年以降の省エネルギーが叫ばれた日本では、過剰な換気を抑制するため、換気を抑制することに注力されるようになりました。現在では、適正な量の換気を確保するには、窓の開放などによる自然換気による方法は不確かで不十分とされ、定常的に一定量の換気が確保される機械換気設備の設置が建築基準法により強制されるようになっています。
近年建築される日本の建物は、建物の窓などの開口部を開放して行う自然換気は、換気量の確保という意味では、補助的に考えられています。しかし、外気の条件が温湿度や騒音状況など、適正な状態であれば、窓などの開口を開放して、室内空気を、屋外の空気で入れ替える、換気や通風は、気持ちが良いものとなります。窓などを開放して行う自然換気は、一種贅沢な方法で、高級な建物の売り文句にさえなっている観があります。換気は、屋外の空気を室内に入れる入口と、室内の空気を屋外にだす出口の二つが必要です。スムースで良好な換気は、入り口と出口は別々に設けることが理にかないます。入口から室内に空気が流入し、室内の隅々まで広がって、また出口に向かって集まって、排出される一方向の流れに近いことが理想です。こうした一方向の流れで、部屋の隅々に空気が届き、濁って汚れた空気が室内に留まることなく、速やかに流れ出ることが期待されます。
換気は、空気の流れですので、上流と下流では圧力の差があることが必要です。入口の圧力が高いので空気が室内に押し込まれ、出口の圧力が低いので室内の空気は外に吸い出されます。このような換気に必要な圧力差は、一般に建物の屋外を流れる空気、すなわち屋外風で生み出されます。風上側の開口では、屋外風により若干高く、風下側では若干低くなることにより、この室内の流れが生じます。
では、部屋の開口が一つしかない場合はどのように換気が生じるのでしょうか。たとえ、換気のための出入り口が一つしかない場合でも、その出入口面での圧力が一定、一様ではなく、圧力の高い部分と圧力の低い部分の空間分布が生じれば、この圧力差により、室内の空気と屋外の空気が入れ替わります。なお、換気が生じる際の空気の流れで、圧縮性が問題になるような高速になる可能性は、ありえません。音速と流速の比であるマッハナンバーは0.01程度となるのがせいぜいでしょう。空気は完全に非圧縮と仮定でき、圧力の変化による体積変化(ボイルの法則)を考える余地はありません。これは、開口面で一様に圧力が高くなったり、低くなったりする、例えばヘルムホルツ共鳴などによる時間的に非定常の圧力変動で生じる換気を考える必要はありません(こうした効果による換気はあったとしても無視されるオーダーということです)。満員電車の扉での整列乗降の例で考えれば、まずは降車が先で、車内の密度、すなわち圧力が低下して、その後、降車が終了した後に車外の密度すなわち圧力が増して、乗車が行われるというような時間的に出入りが入れ替わるような換気は生じません。開口面での圧力が一定でないこと、すなわち圧力分布が生じることが鍵になります。開口面で圧力の平面分布が、定常的もしくは非定常的に生じ、この圧力分布の差によって流入や流出が生じ、換気が生じます。満員電車の扉での乗降の例で考えれば、降車する人の圧力の高い部分で人が降車し、乗車する人の圧力の高い場所で、人が乗車することが同時に生じているというわけです。この一開口面での生じる変動する圧力分布の強弱は、ある程度、意図的に制御することは可能です。すなわち、一開口でも換気の量を(パッシブに)制御することは可能です。
開口面は、流れを通さない固体面と流れが生じ得る開口との境界線により縁どられます。この境界線は流れに様々な影響を与えます。この境界線が流れの剥離など流れの変化の始点となる得ることは容易に想像がつくと思います。この境界線の一部に突起をつける、あるいは境界面の角を削いで丸みをつけるなどの細工をしてやれば、開口面で生じる変動する圧力分布に影響を与えることができます。さらにこの境界線に流れを導くベーンなどを設けてやれば、開口面に自由に圧力の平面分布を作り出すことが可能になります。一開口でありながら、開口面に部分的に流入部分と流出部分を偏在させて換気を促すことも可能です。筆者の経験では、同じ開口面積で流入、流出の二つの開口を持つ場合の、数割程度の換気量を確保できる一開口の風力換気口を計画することは、比較的容易にできたと記憶しています。
なお、屋外と室内で温度差すなわち、空気の密度差がある場合は、一開口面の上下で、対応する圧力差が生じます。上部では空気密度の小さい(暖かい)空気側の圧力が高くなり、空気密度の高い(冷たい)方に流れが生じ、下部ではこの逆になります。いわゆる煙突効果による換気が、一開口面で生じます。