市街地に再開発などで大きな建物が建設されると、近隣の環境が建物の影響を受けて変化します。最も分かりやすい例は、日影です。日影と同じような言葉に日陰があります。建築に関わる人々は、日影を日陰と区別するため、「ニチエイ」と発音することが多いようです。「ヒカゲ」の漢字表現は、日陰と日影の双方があります。日本語辞典などでは、日陰と日影は区別されていて、日陰は、光がさえぎられた場所を表します。「日影」は、まず光ありきで、光源の反対側にできる光とセットでできる光の当たらない部分を表します。日影は、日の光と影をセットにした概念となっています。従って、日影は、しばしば「日光、陽射し(ヒザシ)そのもの」を表現することもあります。横道にそれてしまいましたが、大きな建物は、陽射しを遮り影ができますので、建物が近隣の環境を変える要素の一つとなります。この年間で陽射しを享受できる程度は重要で、居住用の建物が多く建設される地区で、大きな建物が建設されて日中の陽射しが制限されるようになると、環境の悪化を招いたとして近隣への経済的な補償も必要になるようです。
日本人は、この日影、特に影に敏感なようです。多くの建物が密度高く建設される都心は、当然、陽射しを享受する機会も奪われがちになります。しかし、高密度に建物が建設されて十分な陽射しを確保することが難しい地区においても、住居に使用される建物では、この陽射しを十分に利用できることが、重要視されてきました。つい最近まで、都心の集合住宅(マンション)の販売価格は、北側より陽射しがより享受できる南側に配置される住戸が高価で、影となる時間の長い北側の住戸は嫌厭される傾向が続きました。しかし最近は、陽射しより、眺望を重視するようになり、北側の住戸は、南側の住戸では南からの陽射しにより、逆光で眺望が悪くなるのに対し、北側は景色が順光となり、その結果、眺望がよりよくなることから、北側住戸だからと言って、特に割安になることは少なくなりました。もちろん低層階では、眺望も期待できず、隣接する建物が大空をふさぎ、自然光での明るさが期待し難くなるため、割安になるようです。これは、少し専門語を交えると、受照面における天空率が隣接建物の存在により小さくなった結果と、言い換えることができます。
大きな建物が建設されると、その影響で周辺に比べて風が強くなることがあります。いわゆる「ビル風」と称する現象です。天気予報などで今日は、比較的風が強くなると予報された日に、周辺の建物より、背が大きく突き出た高層建物の周辺を歩くと、高層建物に近づくにつれて風が強くなることを実感できることがあります。「ビル風」は、日影やビル影で自然光が弱まり暗くなるのと同じく、大きな建物の影響による建物周辺の環境変化の一つと考えられます。ただ、「ビル風」は、日影やビル影による薄暗さの発生とは、違って、人為による二重の効果の結果による環境変化になります。少し説明が必要かもしれません。
まず、多くの建物が建設されている市街地の風は、郊外の農地など開けた場所に比べて弱くなっています。小学校や中学校の社会科の授業で、屋敷林や、海岸沿いの防風林、農地に帯状に配置、植林される防風林など風を防ぐ工夫が昔からあったことを学ぶと思います。そもそも、屋外は人々が日常に生活し、農業などを行うには強く吹く風は邪魔で、風が適切なレベルより強い場所では、強風への対策が必須でした。屋外の強風は、土埃などが舞ってしまい、人が目も開けなくなるほど、生活や農業生産の妨げになりました。強い風が常態化した場所では、風に巻揚げられる土埃などの量も多くなり、風による土壌の流出や、耕作に適さない海岸の砂が移動して農地を覆ってしまうような事態なども招いてしまいます。砂漠などの耕作に適さない土地の緑化や、耕作地化は、灌漑などによる用水の確保の他、この強い屋外の風への対策、すなわち防風対策が重要になります。しかし、人間の作り上げた都市は、建物が建ちならび、いわば防風林の役割を果たして、都市内の風は一般に郊外の開けた場所に比べて弱くなります。都市の家々が、いわば防風林の役割を果たして、予期せぬ効果として人の生活を支えることになったと言えると思われます。都市の中であれば、屋外のオープンカフェも、郊外の吹き曝しのオープンカフェに比べ、長い時間の営業が可能になったと思われます。
しかし、このような都市の建物群により守られた適風環境も、その周辺の建物に比べて背の高い建物が忽然と建てられると状況が変わります。折角、周囲の建物群により強い風を押さえられていたにも関わらず、高い建物は、周囲の建物群の上空を通過していた強い風をせき止め、このせき止められた風が、上空に逃げるだけでなく地表面にも吹き下ろしてくることにより、強風が発生することになります。これが「ビル風」と称される現象です。「ビル風」が明確に発生して周辺の風に関する環境を明確に変える条件は、周辺の建物に比べ、明らかに背が高く、市街地を通り抜ける風をせき止めそうな建物が建設されることです。市街地に、ポツンと一棟だけ背の高い建物を建てることは、その建物の周辺の地上付近の風の吹き方にも大きな影響を与え「ビル風」という強風による環境障害を起こす可能性のあることを、承知しておくことが必要です。
風や、日照などの自然現象に基づく、建物まわりの環境において、新たに建設される建物がどのように影響を与えるかを評価することが求められました。この環境に対する評価が、合理的であると多くの人が思ってくださるためには、どのような条件が必要となるのでしょうか。環境を考える際は、環境をどのように評価するのが、合理的であるかという議論が、出てきます。まずは、様々な評価の方法があることを認めなくてはなりません。環境とは違いますが、例えば、人の幸福度を評価することを考えます。人の幸福度には、様々な要素が関係します。多面的に評価することが求められますし、簡単な尺度で評価することは許されないと考える人が多いことと思います。しかし、地域に住む人全体の幸福度を評価する際には、たった一つの指標で評価されることもあります。「平均寿命」です。人の平均寿命が長ければ、その地域に住む人々の幸福度とよく相関するようです。異論もあるでしょうが、「寿命が長ければ幸福である」という命題の対偶は、「幸福でないなら(不幸であるなら)、寿命は短い」になります。これを、多くの人に当てはめれば、いくばかりか真実のような気がしますので、「寿命が長ければ幸福である」ことを利用して、人の幸福度を寿命で、ある程度、測ってもよさそうな気がします。環境の評価も、人の幸福度の評価と同じように、結構、難しいことをまず、自覚しておくことが必要な気がします。
風に関する環境の評価に関しては、単純に風が強いか弱いかで評価するのではなく、人の生活や生産など、人の活動に与える影響に基づいて、評価するのが一般的と思われます。ただし、人を中心とする評価法には異論もあります。地球上のすべての生物に与える影響から評価することや、生物を通り越して、地球自体の恒常性や持続可能性の観点から評価することが求められたりもするかもしれません。しかし、都市の建物による環境評価は、都市の形成が人の活動の結果に基づくことから、今のところ、まずは人の活動に関わる観点からの評価が一般的と思えます。その意味で、人の活動域での風が、人の本来の活動に影響し、これを妨げる方向に働く程度を評価することが、一つの評価法になるように思われます。一つの方法として、風が人の本来の活動を妨げる頻度を評価して、この頻度が高いか低いか、あるいは建物の建設により、この頻度が高くなるか低くなるかで、評価することが、よく行われているようです。
建物まわりの環境の要素である風も日照も自然現象です。いつも変動しているので、瞬時瞬時の風や日照の状況で、判断することはなかなかに難しい気がします。幸い気象現象の多くは、明確な年周期の変動があります。1年単位などの長い観察時間で、環境の与えられた影響を評価することが、まずは妥当な気がします。また、年単位の評価も、年によって変動するので、10年や30年など比較的長期の観察から行われることが一般的でしょう。長期の観察に基づく評価であれば、1か月もしくは3か月という短い期間の評価も10年もしくは30年分の統計的性質を考慮した検討も可能になります。
新たに建設される建物による周辺環境の一般的な評価は、なるべく客観的で、誰が評価しても同じ評価になるよう行うことが良いとされています。そのため、評価は相対比較ではなく、単独の絶対値で評価することが可能であることが望ましいと思われます。風が人の本来の活動を妨げる頻度の評価は、これを満たします。しかし、風に関する環境評価では、こうした絶対評価ではなく、一般的には新たに建設される建物による周辺環境の変化、すなわち相対比較により評価されることが多いようです。建設前と建設後の評価の差で、新たに建設される建物の周辺環境に対する影響が評価されます。言葉を換えれば、周辺の環境が持っていた既得の状況が、どのように、またどの程度、侵害されるかが評価されることが、都市域の風環境における環境評価の基本となっているようです。
「ビル風」の環境評価は、強風時の評価が多いように思われます。しかし、ビル建設により、周辺の風が弱くなる環境変化に対しても風環境評価を行うことができます。風が弱くなることにより、人の活動域での風が、人の本来の活動に影響し、これを妨げる方向に働く程度を評価することもあり得ます。風が弱いと、風による建物内の通風を期待することができなくなります。建物周囲で、熱や汚染物質が発生した際、これを上空に拡散させる能力も低下し、人の活動に影響を与えるかもしれません。「ビル風」の環境評価というと、とかく強風に関する環境評価が行われることが多いと思いますが、ビルの建設により、ビル周辺の風が弱くなる効果に関しても環境評価を行うことが、もちろん、できます。