第七夜 見える見えない

 第六夜で解像について考えてみましたが、もう少し解像にこだわって第七夜は、「見えるもの」、「見えないもの」を考えてみたいと思います。

 脳科学の分野で、この見える、見えないに関して、長年、研究が重ねられてきました。画像認識の技術が近年飛躍的に発展し、顔認識や人の動作 に関しては、AI(ArtificialIntelligence)の分野で研究が進み、ビデオカメラで撮影した顔や歩行の様子から、たとえ容貌容姿が大きく変化してい ても、特定の個人を特定できるようになって来ていることはよく知られていると思います。一度、犯罪者として、政府のデータベースに登録されて しまうと、匿名の犯罪者として町中を歩いていても、ビデオカメラの撮影範囲内を歩いてしまうと、犯罪歴のある人間が歩いているとして、特定さ れてしまうようです。お隣の国では、街中を歩いている犯罪容疑者が、毎日、数十人、数百人?の単位で逮捕されているニュースが流れています。 安全な良い国になるという気もしますが、犯罪者の定義が時の政府の都合で変わるかもしれない、行き過ぎる可能性のある国での利用は、恐ろしい 気もします。かくいう私たちの住む国も、過去を振り返ればかなり、怪しい気がしないでもありませんが・・・。来る2020年の東京オリンピックで は、入場チケットの有無は顔認識を使用し、ダフ屋の介入をシャットアウトするという、話も聞こえてきます。この先、10年後、どんな世界になっ ているのでしょうか。

 画像から特定の意味を見つけ出す画像認識の技術は、近年のコンピュタ―技術の発展の中で、いつも大きなテーマでした。人が目で見た情報を認 識する過程を、脳科学の知見により解明し、これを応用していることは、よく知られています。そのあらましは、人の網膜に投影され検出された画 像データは、脳の中で、まず、明度、色相差などに基づいて輪郭が抽出され、その輪郭に関して脳内に蓄積された過去の輪郭データの相関を利用し て、画像の意味が抽出され、認識されるというものです。従って脳内に蓄積もしくは本能的に備えられているデータベースにマッチしないものは、 意味は抽出されず、結果、認識もされず、単に網膜に投影された風景としてのみ記録され、やがて失われます。

 人の頭の中には、顔細胞と呼ばれる神経細胞があり、特定の人々の顔の特徴を備えたデータベースの役割をしていることはよく知られています。 筆者などは、特に女性の顔細胞のデータベース構築に問題があり、テレビや雑誌をにぎわす美しい女性の顔認識ができず、すべて同じ美しい人に見 えてしまい、特定の個人の表す符号である名前が出てきませんし、覚えることもできません。残念に思っております。ただ、人間の相補的特性によ り、音声パターン認識は人並みにはあるつもりで、顔認識できなくても声で、特定の個人を認識します。電話など音声データが多少変性していても 、電話を掛けてきた人が名を名乗らなくとも、初めての人か否か、顔認識が必要ない分、個人認識は多少鋭敏である気がします(こんなことを公に しておいて、オレオレ詐欺など、電話詐欺にあったら目も当てられませんが・・・)。

 見えるもの、認識されるものは、その人にとって、意味のあるものであり、その人にとって意味のないものは、見えていながら、認識されず、見 えていないといことになります。見えていないものは、ただの背景でしかなく、その人はその背景に意味を見出すことができません。

 ものを見るとき、意味のないものは見えないということは、大事なことと思います。よく、人体の画像診断で、専門医は、我々には何の意味があ るかもわからない画像の濃淡から、重大な疾病の有無を診断してくださいますが、専門家でもない我々には、面白くもなんともないただの画像でし かありません。逆に言えば、意味を見出せない画像は、その意味を理解しない人には何の効果もありませんし、そうした画像を大きなコスト掛けて 撮影する意味もありません。意味を見出す人に見ていただいて、そうした画像は初めて、意味が発現し、掛けたコストも意義あるものになります。

 流れのシミュレーションは、莫大な流れのデータを出力します。いわば、我々が日ごろ、目で見ている画像データと同じく、けた外れなデータ量 です。このデータから意味を見出すことができなければ、意味を見出すことができないデータは、意味がないことと同じで見えることにはなりませ ん。意味を見出すことができる専門家の診断を仰ぐこと、またそうした専門家が意味を見出せる範囲内で見えるものの解析が行われなくてはなりま せん。専門家さえも意味を見つけられないような詳細なデータを生み出すシミュレーションは、見える人がいないという意味で、意味が見つけられ るようになるまでは無駄でしかありません。

 今夜は、画像解析における見える見えないの話に終始し、流れのシミュレーションでの見える見えないについて述べるには紙面が尽きてしましま した。流れのシミュレーションにおける見える見えないのお話は、第八夜、次夜にお話ししたいと思います。