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WindPerfectDXによる宇土市立宇土小学校の通風解析
校舎内をL壁で仕切り、開放的な教室を作る
くまもとアートポリス事業として行われた宇土市立宇土小学校の建設は、児童数800人を超える大規模小学校を全面的に建て替えるプロジェクトだった。気温が高い熊本の海岸部で、冷房なしで使える教室にするためには、校舎のすみずみまで風を呼び込む建物にする必要がある。その設計を支えたのが、環境シミュレーションの熱流体解析ソフト「WindPerfectDX」だ。
2008年に行われた設計プロポーザルに参加したC+Aは、大勢の子どもと教員からなる学校の空間をできるだけのびやかに構成することを目指した。その結果、行き着いたのは校舎内に平面図で見るとL字形をした多数の「L壁」を配置し、教室やワークスペースの領域をつくる方法だった。ドアや窓で締め切る従来タイプの教室とは異なる全く新しい建築だ。隣の教室や屋外を開かれた空間でつなぐことで、学校全体が境界のない一つの活動の場になった。
宇土市立宇土小学校の模型。 多数のL壁と細い円柱で構成された開放感のある校舎だ
「L壁を1本の木としてとらえています。枝の下の木陰に子どもたちが集まり、そこに移動式の黒板を置けば教室になる。雑木林の木陰にある教室群というコンセプトによって、開放的な教育の場を生み出すことを目指した」と、C+A代表取締役 / パートナーの小嶋一浩氏は設計コンセプトを語る。
微風を学校全体に呼び込むCFD解析
有明海に面する宇土市には、地域特有の植生と気候がある。夏場の風速は2m/秒という微風だ。こうした環境の中で、冷房なしで快適な教育環境を作るためには、校舎全体の通風性をいかに確保するかが課題だった。
「通風性のことだけを考えれば、一直線に見通せる廊下や空間を作れば解決できる。しかし、子どもにとってはそれぞれの居場所を見つけられるような、変化の多い環境の方が望ましい。この相反する条件をいかに両立させるかが課題だった」と小嶋氏は説明する。
ベトナムのハノイに建設した集合住宅など、小嶋氏はこれまで数々の自然換気を利用した建物を設計し、熱流体解析ソフトによる解析を行った経験も豊富だ。「風速4m/秒程度の風が吹くところなら、建物の模型を見ながら指で風の流れをイメージしていくと『負圧』になるところに風が吹き込むので大体は分かる」(小嶋氏)。
宇土市立宇土小学校の模型を前に通風性をイメージする小嶋一浩氏
しかし、宇土小学校の場合はこれまでと違った。「風速が2m/秒くらいしかないので、『負圧』で風を建物内に呼び込むという考え方だとうまくいかない。逆に『正圧』で風を校舎内に押し込むという考え方が必要だった」と小嶋氏は振り返る。風速が4m/秒か2m/秒かによって、設計の考え方は全く違ってくるのだ。
そこで、学校全体をWindPerfectDXで3次元モデル化し、通風解析を行った。あえて一直線にせず、ところどころL壁をずらして配置した長い廊下や、L壁で仕切られた空間に通風性の問題がないかどうかを確認した。
その結果、山側から吹く風を学校全体に行き渡らせるため、上流側の校舎のすき間を大きくして、風を押し込むように設計を変更した部分もある。また、校舎内のあちこちには、上昇気流を利用して自然換気するための温熱換気タワーが設けてある。タワーの高さや開口部の向きも、WindPerfectDXで解析した結果に基づいて決めた。
学校全体をWindPerfectDXでモデル化し、CFD解析を行った
CFD解析の結果に基づき、卓越風が吹き込む方角の開口部は広げた
温熱換気塔部分のCFD解析結果(左)。
この結果を基に換気塔の高さや開口部の向きを決めた(右)
AACA賞にも結び付いたL壁の採用
2011年8月末、完成した新校舎で授業が始まった。天井高いっぱいまで開く折り戸から緩やかな風が校舎内全体を吹き抜ける。汗をかいていても校舎に入ると、自然に汗が引いていく。廊下の壁には子どもたちの習字の作品がたなびく。休み時間ともなると子どもたちは、まるで風のように校舎から中庭へと元気に走り回っていく。
宇土小学校は2011年度の第21回AACA賞を受賞した。 学校建築のように、実用性の高い建物が受賞することは珍しい。審査員は、「カーブしているL壁が曲面によって優しく美しく光をひろい、風を誘い、人々を迎え包んでくれる。精神的身体的感覚と呼応する空間」と、この作品を評した。
完成した校舎内部。そよ風に子どもたちの習字作品がたなびく(左)。
2011年度の第21回AACA賞の授賞式(右)
「たとえ超高層ビルでも、自然換気の要素を取り入れない建物は手がけないのがポリシー」 ──小嶋氏は、そう言い切る。 「1950年代以降、密室を作り、人工的に空調を行う建物が世界中に増えてきた。 しかし、東日本大震災以降の日本では、こうした考え方は見直す必要があるのでないか。 自然換気をうまく活用し、省エネルギー性を高めた建物の設計には、設計段階で使えるWindPerfectDXのようなツールが、ますます必要になるだろう」 (小嶋氏)。 C+Aでは、環境シミュレーションでトレーニングを受け、WindPerfectDXを使えるスタッフを社内に置いている。 宇土小学校が完成し、設計通りの通風性能を発揮することが明らかになったことで、さらに空調設備を最小化する建築の実積が増えた。 静かに話す小嶋氏の目には、今後、自然換気を生かし、様々なプロジェクトに対応できる自信があふれているように感じられた。
取材協力:C+A (株式会社シーラカンス アンド アソシエイツ)
設立:1986年12月10日
代表取締役:小嶋一浩、伊藤恭行、赤松佳珠子
所在地:東京都渋谷区恵比寿西1-20-5-4F
TEL: 03-5489-8264
ホームページ:http://www.c-and-a.co.jp
取材にご協力頂きました、小嶋様はじめ社員の皆さま、誠にありがとうございました。